恋心
「お姉様」
入室の許可を得て部屋に入ると、ソファーに座るレナンがいた。
テーブルには無造作に手紙が放り投げられており、ぼんやりとした表情だ。
「大丈夫ですか?お気を確かに」
レナンの隣に座ると、ミューズは姉をぎゅうっと抱きしめる。
「ミューズ…わたくしね、ハインツ様の婚約者だったわ」
「えぇ、そうですわ…」
よしよしと慰めるようレナンの背中を撫でる。
「ハインツ様の好きな色も、好きな食べ物も、知っているの。好きなブランドも聞いてプレゼントを渡して…だけど、」
レナンはぐっと手に力を込める。
「ハインツ様はわたくしの好きな物とか、聞いてきた事がありませんわ」
プレゼントは流行の物を貰った、しかしそれはレナンの好みとは違った。
貰ったお菓子も美味しかった。
でも一度たりとも、次は何がいい?なんて聞かれなかった。
「プレゼントを貰えて嬉しかったわ。でも失礼かもしれないけれど、エリック様はわたくしの好きなものを聞いてくれて、恋愛小説までも読んでくれたの。未婚の王子様でもこのような気遣い、婚約者であったハインツ様にそうして欲しかった、と思ってしまうのは贅沢かしら」
抱き締めていた手を離し、真正面から見つめられる。
「ミューズから見てハインツ様は、わたくしを愛してくれていたと思う?」
涙を流した跡も見えない。
国を離れる時はあんなに泣いていたのに、今は泣いてすらいない。
プレゼントをくれるのだから誠実、といえばそうかもしれないが。
「お姉様、ハインツ様とは、まだ愛とか恋とかじゃなかったかもしれませんね。胸のときめきは今でもありますか?」
初めての社交界デビューから帰ってきた時に、レナンはそう言っていた。
胸がときめいて夜も眠れないと。
「一目惚れというのは存在するそうですが、その後勘違いだったという可能性もありますよね」
好きだと思った気持ちの勘違い、恋愛小説の中でもよくある設定。
心理学的にも緊張のドキドキと恋愛のドキドキを間違えてしまう、吊り橋効果なんてのもあるらしい。
「お姉様があっという間に立ち直れたのは、そういう事がおありなんじゃないでしょうか?だって私は毎日ドキドキしますもの」
こっそりと自分の恋心を打ち明ける。
「状況が落ち着かず、夜も嫌な事を色々考えてしまい、なかなか寢れませんの。でもそんな時はあの方を思い出すと心が軽くなるんですわ、何を話したとか明日は何をしようかとか、ウキウキになっていつの間にか寝てしまいます。明日が楽しみになるんです」
そのことを思い出して胸がジンとする。
「報われたらいいなと思います、私もお姉様も。お姉様、エリック様が気になりますのよね?」
「えっ?」
キョトンとする表情だ。
「婚約者であるハインツ様と王太子であるエリック様と比べるのは失礼ではありますが、氷の王太子と呼ばれるエリック様が恋愛小説を読むなんて、普通に考えれば有りえませんわ」
ティタンにも聞いてみたが、エリックはそういう物に一切興味はなかったらしい。
「お姉様を知ろうとしてくれたり、趣味をわかろうとしてくれたり、エリック様はお姉様の為に動いてくれてますわ。そして先程は比べてしまうほど、エリック様の事を考えていました、意識されてるのではないですか?」
そういう事になるのか。
しかし、婚約破棄の直後にそんな事を思うなんて、レナンは自分が不誠実に思えてならない。
この気持ちは思うが気の所為であると。
そうでなくばハインツにもエリックにも失礼だ。
こんな移り気な女では駄目だとレナンは自分を戒める。
「いえ、それは比べる方がエリック様しかいなくて。男性と話す機会もないし、茶会も女の子だらけだったし。あとエリック様は最初に言っていたわ、友達として親しくなりたいって」
勘違いだと必死で否定する。
「それはお姉様にまだ婚約者がいたからではなくて?ハインツ様との婚約はなくなったのですもの。これからは変わるかもしれませんよ」
「エリック様は優しい人だから、可哀想なわたくしに親切にしてくれているのよ」
ミューズが色々言ってくれているが、自信がない。
「優しいだけで、お忙しい中多数の恋愛小説を読みますか?わざわざ一緒に食事を取りますか?傷つくお姉様を見て胸を痛めますか?」
レナンが退室する際、エリックの表情は心配に揺れ、今にも追いかけそうなぐらいだった。
「先程も私がここに来るといったら、エリック様はお姉様を凄く心配してらしたのよ。氷の王太子様と呼ばれてるようには見えない程、エリック様は表情にあらわれてましたわ」
レナンが傍にいるからだと思われる。
「今すぐは無理でも勇気を出してみませんか?ハインツ様との婚約をグイグイと進めた時の気持ちを思い出してください。私もあの時のお姉様みたいに頑張ります!
駄目だったときは慰めて下さいね」
ミューズがレナンの体に抱きついた。
想う人とは身分も違うし、もしかしたら罪人の家族としてここから追い出されるかもしれない。
下手をすれば処刑だ。
大人達が奔走してくれているが、どうなるかなんてわからない。
一時の希望かもしれないが、この気持ちに浸りたいのだ。
「んっ、その時は二人で目一杯泣きましょ。わたくしはともかくミューズが振られるなんてないからね」
可愛い可愛い妹をレナンはギューッと抱き締めていた。
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