婚約者とのその後

「ニコラ…少し愚痴だ。聞いてくれ」

レナンとの休憩を終え、執務室にて項垂れる。


「何なりと」

凡その検討はついていた。

あの場で声を上げるのを我慢したエリックは凄いと思う程だ。


「レナンが階段から落ちたのを助けたのは、俺だ」

「存じております」

ニコラは緊迫の表情で聞いている。


「あのクソ野郎は、まんまとそれを利用したな!公爵令嬢であるレナンから言い寄られたからって、ほいほいと乗りやがって」


怒りのためか、王太子らしからぬ、いつもと全く違う荒々しい口調であった。




伯爵令息であるハインツについては調べてある。


もともと彼には懇意にしている女性がいるはずだ。

しかし、公爵令嬢からの打診を受けたと云うことは地位に目が眩んだのだろう。


「レナンからの、スフォリア家からの婚約打診は予想外だった…迂闊だ」


逆であれば止められた。いや、止めてきた。


不自然にならないよう、あえてスフォリア家に有益にならない釣書だけを流した。


断られる事を前提にしたところまで。




寒々しい冷気にニコラは震える。

己の失策にエリックの魔力が暴走しているようだ。


氷のようなと言われているが、事実エリックは氷魔法が使える。


戦時でもない為、使うことも知る者も少ないが魔力も高い。


感情が昂ぶれば溢れ出すほど危険なものだ。


ニコラは今日が命日かと覚悟する。




そもそもレナンが勘違いしたのが悪いと思ったのだが、それを指摘するほどニコラは命知らずではない。


詳しく周りに聞いたり、婚約者を打診する前にレナンが調べるものだが、かの令嬢はそういう事に弱いようだ。


年頃的に恋に恋してたのだろう、本当に迂闊だと思う。


スフォリア家としても、ハインツは条件が悪くなかったのだろう。


伯爵家からの婿入り、そしてレナンが好いた相手ならばと。


言ったら怒られそうだが、ハインツの容姿はエリック並に整っている。


恋人はいたが、婚約者ではなかったようだし、後から調べたらスフォリア家もハインツに断られたら、それ以上強く進める気はなかったようだ。


レナンの淡い恋心を少し応援しよう、くらいの感覚だったみたいだ。


だが、それに乗ったハインツはかなり強かだ。

恋人とも別れておらず、結婚したら形ばかりの白い結婚になるだろうというのが、ニコラの調べで予測されていた。


「落ち着いて下さい、確かに現状はハインツ殿が婚約者ですが、レナン様は今はアドガルムにいるのですよ」


取り乱すエリックの目つきは鋭く、ニコラを睨みつける。


ニコラの心臓が、ギュッと握られたように締め付けられた。


「奇しくもレナン様の御父上が、冤罪で投獄中…本当の愛ではなく白い結婚を求める者が、そんな危うい泥舟にいつまでもしがみついているとは思いません。寧ろ早く離れたいでしょう」


エリックの呼吸が整っていく。


それに合わせて、ニコラの胸の痛みもゆっくりとだが引いていった。


「場は僕が整えますので、エリック様はレナン様にご了承頂けますよう、よろしくお願いします」


ハインツからの、一刻も早い婚約破棄の情報を受け取ること、なんなら揺さぶりをかけてもいいかもしれない。


そしてシグルド、ディエスの両名にアドガルムへでの爵位を与える準備。


これによりレナンは、エリックとの婚姻が認められる地位を得られるはずだ。


レナンは色々鈍いものの、語学が堪能で優秀な成績を修めている。


素直すぎる性格は、冷淡なエリックの隣にいても染まることはないだろう。


天然だから。




エリックの無茶な行いに付き合っていくニコラにとって、癒やしを与えてくれて問題を起こさなそうな令嬢が良い。


変な事をしそうな時は近くにいるエリックが止めてくれるだろうし。


主の恋が実るよう、ニコラは執務室を後にした。




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