第一章 諸国を廻る

第一話 開幕

墨を流したように暗い空。目が痛くなるような毒々しいネオンライト。

心底鬱々しい空を見上げて、沖縄は(馬鹿馬鹿しいな)と思う。


そこはビル街だった。日本で最大の都市、首都を模したような巨大なビルが大量に立ち並んでいるが、そのどれもこれもが手入れのされないまま捨てられたように荒廃している。数時間前に突然届いた招待状。そこには『METROPOLIZ』と書かれたリンクが貼ってあり、それに触れたら呼び込まれて今に至る(もう少し良い呼び出しの方法は無かったの?)。ここにいる沖縄を含む46人も、同じように集められたのだろう。


46人。そう。たった一人、黒いスーツに身を包んだ少年とも青年とも、むしろ男とも女とも分からない、便宜的に彼とする――『東京』と名乗る男性が待ち構えていた。


「皆様には、産業、歴史、地形、面積――様々な長所が有ることでしょう。それらを駆使して、ご自身で『街おこし』をして頂きたく存じます。つきましては――」


つらつらと述べられる東京の言葉を聞き流しながら、沖縄は(本当、馬鹿みたい……こんなの何の意味が有るんだろう? 街おこし? PR? なんて今更、手をつけてない所なんて無いでしょうに……)とため息を吐きかける。が、次の言葉に、沖縄だけでなく集まった全員が目を見開いた。



「皆様も消えたくはないでしょう?」



消える? 都道府県が? どうして、と意識が話に持っていかれる。


「皆様薄々感じているように、現在の日本国の存続は難しくなってきているのです。進む少子高齢化、止まらない円安、とある国同士の戦争……その皺寄せは確実に迫ってきています。それは我ら都道府県だって同じこと。一体何県が、昨年より人口が増えました? 一体何県が、昨年より裕福になり得ました? そんな状況を打開したくて作り出したシステムでございます。ご自身でご自身を紹介するのです。誰に言われるまでもない魅力を、県民国民に直接伝えてみては如何でしょうか――」


ああそういう魂胆か、と急に腑に落ちた。つまり国民に認められるようになれと言うこと。だが案の定、各地から疑問の声が飛ぶ。


「ったく、よだきいなぁ……放棄とかできないの?」

「良い質問です、大分くん。それでは皆様、各々左手首をご覧下さい。」

釣られて左手首に目を落とす。そこには、見覚えの無いメーターが付いていた。数値は今もかたかたと上下を続けている。

(っ、何これ……⁉︎ こんなペイント、した覚えなんか……)「そちらは皆様の『魅力度メーター』でございます。技を出す、人を助ける、魅力の発信等々で上下を繰り返します。そちらが下がる程県民の心は離れていくと言っても過言では無いでしょう。県民が去ること、それは何を意味しますかね。」

「つまり生き残りたくば、この数値を落とすなと言いたいのかね?」

「そういう解釈になりますね、長野くん。」


「次あがが質問しても良い? 技って何よ? 犯罪者にでも撃てって?」

「良い質問です、和歌山くん。技は、こちらに放って頂きます。」

東京が指を鳴らすと、『何か』が現れた。黒い靄のようでもあり、人型や動物型にも見えたりと、瞬く間に姿を変える。その異様な姿に、沖縄は氷水をかけられたような寒気を感じた。他の県達からも騒めきが上がる。


「こちらは皆様共通の敵、とでも言えば宜しいでしょうか。好きな名前で呼んでいただいて構いません。ああ、県民を襲うことは無いのでご安心を。こちらを消すと共に、メーターは上がっていきます。お望みとあらば武器なども支給しますよ。ただ、こちらは皆様の『特異技』でないと倒せないので、悪しからず。」


「東京くん、『特異技』ってなんだい?」

「良い質問です、北海道くん。それでは、少し手伝って頂けませんか? こちらに来てください。」

言われるがまま北海道は近づいていく。

「僕は一体何をすれば良いのかな?」

「なに、簡単なことですよ。先程呼び出した敵に向かって、何か放って欲しいのです。」

「そんなことしたこと無いけど?」

「やってみれば分かりますよ。それでは実践をお願い致します。」

そう東京に促され、北海道は渋々といったように『敵』に向かって人差し指を向けた。



「――召喚コール。『さっぽろ雪まつり』」



その言葉と共に、巨大な雪像が現れた。

造り出された白い巨人は緩慢に、されど力強く『敵』に向かい押し潰していく。暫くの間の後、完全に雪像の下敷きになった『敵』は、まるで霧のように散ってかき消えた。もう一度、県達の中からどよめきともつかない歓声が上がる。


「……これ、本当に僕が?」

「ええ、素晴らしい結果です。流石北海道くんですね。魅力度トップは伊達じゃない、と言ったところでしょうか」

東京の赤い目が満足げに細められる。対象的に北海道の青い目は訝しむように形を変えたが、すぐに視線を外して「……ふぅん」と呟いた。そのまま北海道は人混みの中に戻る。



「さぁさ皆様、ご覧に頂けましたか? 百聞は一見に如かず、です。このゲームを楽しんで頂けると、ぼくとしても僥倖ですよ。」

時間もあまり無いことですしね、と東京が呟くのが聞こえた。時間とはどういうことだろうか、と沖縄が疑問に思う間もなく、東京がゆっくりと手を掲げた。それに伴い、道府県達の目付きがほんの少しだけ鋭くなる。場を満たす気迫が強くなる。(やっぱり百戦錬磨のひとたちだな…… 重みが違う。何を思い出しているのかな)東京が口を開く。高らかに声を上げる。


幕が上がる音が聞こえた、ような気がした。

「――それでは皆様、Have a nice trip! ゲーム、スタートです!」



『列島回游』、開幕。

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