パン好きなのに小麦が苦手な私、異世界に転生してグルテンフリーの身体を手に入れる。パンを焼いていただけなのに、気づいたら大繁盛して王子から溺愛されているのですが!?

月ノみんと@成長革命3巻発売

第1話 プロローグ


「はぁ、今日も仕事疲れたぁ……。もうお仕事やめたい……」


 一人暮らしの部屋に帰ってくるなり、靴を脱ぎ捨てて玄関先で倒れる。

 今年で27になるというのに、今までに彼氏もいたことがなく、こうして職場と部屋の往復だけをしている。

 ぬいぐるみだらけの部屋に、ちらかったゴミの山が散乱している。

 なんとかそれをかきわけて、這いずるようにベッドまでたどり着いた。


「寝ちゃだめだ……、とりあえずシャワー浴びてこよ」


 このまま欲望に任せて寝落ちすると、明日の朝泣きを見ることになる。メイクも落としたい。

 急いで烏の行水を済ませ、冷蔵庫を開ける。

 中にはキンキンに冷えたカフェオレと、さっき買ってきたメロンパンがあった。


「これこれぇ……これのために生きてると言っても過言ではない!」


 普通の社会人であれば、ここはビールとおつまみってところだろうが、私の場合はちがった。

 晩酌(カフェオレ)の準備をして、おもむろにテレビをつける。

 だらだらとくだらないバラエティを見ながら、こうして晩酌を楽しむのが唯一の楽しみだった。


「さぁメロンパンちゃん。今日一日の疲れを癒しておくれ……!」


 神苑堂で買ったメロンパン。こうしてちょっと冷やすとさらに美味しいんだ。

 雑誌なんかでも紹介されている有名店の特製メロンパンで、並ばないと本当は買えないんだけど……。

 私の場合は常連で、特別に一個だけ置いてもらっている。仕事が遅くて並べないから、特別措置だ。なにもずるじゃない。このメロンパンは私にとって必要不可欠なライフラインなので、やむを得ないことなのだ。


「うーん♪ おいぴーーーー♡」


 一口かじると、ふわっと甘味が広がる。

 外はサクサクカリカリで、中身はふわふわ。

 といっても、よくあるありきたりなメロンパンのそれとは違う。

 私の嫌いなパターンのやつは、中身がぱさぱさのごわごわで、食べるのに何杯も牛乳を飲まなくちゃいけないやつだ。あれはちょっとチープすぎだし、今の私には重い。男子中学生とかなら喜んで食べるんだろうけどね。

 打って変わって、このメロンパンはふわふわだけど、決して中身が多すぎるということがない。外側のカリカリ部分とふわふわ部分のバランスが絶妙なのだ。メロンパンは外側のカリカリだけでいいという過激派の人にこそ、これを食べてもらいたい。

 かといって中身がスカスカなわけでもなく、バターたっぷりで満足感もある。よくある外のカリカリだけで中は空気だけのスカスカ、みたいななんちゃってメロンパンとも違っている。あれはあれで好きなんだけどね。


「はぁ……美味しかったぁ……。これでぐっすり寝られる……」


 さっさと歯磨きをすませて、布団に入る。

 布団の中で、パンのことを思い浮かべた。

 パンを食べることだけが、唯一私の生きがいだった。

 美味しいパンを食べたい。お腹いっぱい食べたい。

 もう三食パンでもいい。

 だけど、そうもいかない理由があった。


「うぇ……寝苦しい……」


 またいつものやつだ。

 ふとももや腕に蕁麻疹が出ていた。

 それから、鼻がつまってしかたがない。

 それも全部、パンのせい……。

 大好きな、パンのせい。

 そう、私は小麦やグルテンに弱い。すこぶる弱い。あと牛乳もあんまりよくないみたいだ。もちろんバターも。

 たぶん本当は食べないほうがいいんだと思う。

 だけど、どうしても好きなんだよなぁ……。

 パンと牛乳の組み合わせに勝るものはない。っていうかむしろそれがなかったら生きてる意味なんてないよね。とすら思っていた。

 他にも症状は多岐にわたる。

 まず体重が増えないしガリガリになる。それから肌は荒れるし、メンタルにも影響が出る。あと日々の疲労もすごい。正直、仕事とパン以外の趣味を持てないくらいには毎日限界だ。

 だけど、どうしてもやめられない。パンを食べられない人生なんて、考えられない。

 本当はパン屋さんにでもなれたらよかったんだけど、憧れは憧れだ。

 パン屋さんなんかで働いたら、絶対もっとパンを食べたくなるに決まってる。歯止めがきかなくなる。

 今でさえかなり限界まで我慢して、ようやく一日一個のパンに抑えてるんだから。

 だけど、このままやりがいのない仕事で一生を終えるのもなぁ……。

 なんて考えていたら――。


「あれ……? ここは……?」


 気が付くと、知らない天井だった。

 さっきまで安いぼろアパートの一室で眠っていたはずだ。

 それなのに、私の頭上にあるのは木造の古い天井。現代日本では、田舎でしか見ないような古い造りのものだ。

 さっき眠ったばっかなのに、不思議と眠気はない。

 もしかして、これは夢なのかな。

 そのまま、まどろみながらぼーっとしていると――。


「シャロン! いつまで寝てるの? 起きなさい!」


 ききなれない言語で、ききなれない声色で、ききなれない名前が呼ばれた。

 知らない言葉だけど、不思議と理解できる。

 これも夢だからなのかな……?

 そのまましばらく様子をうかがっていると、今度は足音が近づいてきた。


「シャロン! いい加減にしなさい!」

「え……!?」


 いきなり布団をはがされて、見知らぬ女性にたたき起こされた。

 ってか、シャロンって私のこと……!?

 起き上がって、自分の姿を確認する。


「なにキョロキョロ自分の手をながめてるの? いつまでも寝ぼけてないで、はやく朝ごはん食べちゃいなさい」

「は、はい……」


 それだけ言い残して、女性は部屋を出て行った。とりのこされた私は、わけがわからないまま、女性のあとを追う。廊下に出ると、いい匂いがしていて、そっちのほうへいくと食卓があった。


「ほら、はやく席につきなさいシャロン」

「はい……」


 またもや見知らぬ男性が上座に座っていて、私に着席を促す。やっぱり、シャロンっていうのは自分のことらしい。おかしな話だ。こんな日本人丸出しの平たい顔族代表みたいな私が? シャロンだなんて名前。


「ん…………?」

「どうした……?」


 金属でできたスプーンに、自分の姿が映っていた。

 スプーンの曲面のせいで顔が歪んでいるが、間違いない。これは私だ。しかも金髪だ。

 あれ……染めた覚えないけどな……。

 そこら辺で察しの悪い私も、ようやく気が付いた。


「あ、これ異世界転生だ……」

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