第10話

 あまりのことに、ユナは絶句した。言葉が出ない、とはこのことだ。

 ファンファンはいたって真剣な様子だ。膝枕されている格好で、まっすぐにユナの目を見つめてくる。

 こんなに真剣な顔をしているのだ。もしかすると聞き間違いかもしれないと思い、ユナは聞き返した。

「えっと……今、何て言ったの?」

「おっぱい見せてって言ったんだ! おっぱい!」

「えーっ!?」

 ファンファンはぴょんと勢いづけて起き上がると、素早く身体を反転させて座り直した。膝と膝を突き合わせて向かい合う体勢になって、ユナはますます混乱する。

「え? おっぱい? おっぱいって、このおっぱい?」

「そう、そのおっぱい!」

「な、何で? 何でおっぱい見たいの? だめだよ……おっぱいは、簡単に見せるものじゃ、ないんだよ……」

 ユナは服の上から両腕を交差させて胸部を隠した。ファンファンの熱烈な視線が怖い。

 ファンファンはそっとユナの手首を掴んで、隠すのをやめさせてしまった。

「呪いの応急処置、しとかなきゃ」

 そう言って、優しく口づけてくる。まずは唇。それから、襟をずらして首筋へ。

「いたっ……」

 強く何度も何度も吸い付かれ、そこに痛みが走った。いつもならそれで身体を離してくれるのだが、今日はそのまま動かない。体温を、息遣いを感じてしまい、ユナはひどく戸惑った。

「ファンファン……?」

 呼びかけるとファンファンは首筋から唇を離し、じっと見つめてきた。この流れはもしかしてそういうことなのかと、ユナは身構えた。

「……あの医者につけられた傷痕、見とかないとと思って」

「あ、そういう意味か……」

 別のことを想像してしまっていたユナは、ファンファンの言っている意味がわかって恥ずかしくなった。これではまるで、何かに期待していたみたいだ。

「痣はまだ残ってるけど、大したことないから。はい」

 もったいつけると何だか余計に恥ずかしい気がして、ユナは自分で釦を外してガバッと短袍の前を寛げて肌をあらわにした。

 すると、ファンファンは真顔でそこを見つめた。

「ユナの肌、すごくきれいだ。真っ白で、すごくキメが細かくて……そのきれいな肌に、あいつはこんな疵をつけたんだね。治るかな……なんてひどいことを……」

 ファンファンがじっと見つめているのは、ユナの左胸につけられた五箇所の痣(あざ)。あの医者につけられた、屈辱的で忌まわしい指の痕だ。

 痛みは引いてきたからあまり意識しないようにしていたが、指摘されるとすごく気になってしまう。こうして今、ファンファンの眼前に晒しているのが何の疵もない、真っ白な肌でないことが悲しくて恥ずかしい。

「……見るだけで、いいの?」

 悲しさと恥ずかしさと、何か別の感情がないまぜになってユナは尋ねてみた。こう言って、彼がどんな反応を示すかが気になったのだ。

 それに、自分の体がまだ触れたいと思われるものなのかどうか、確かめたかったのだ。

「ユナ、何言って……」

「触ってもいいよって言ってるの。それとも、わたしの体には興味持てない……?」

 自分で言ってから、その声があまりに自虐を含んでいるようで嫌だった。返事を聞くより先に傷つくくらいなら尋ねるんじゃなかったと、激しい後悔に襲われた。

「そんなわけない。でも、何かそんな自棄になってる女の子、触れないよ」

「そうだよね。触れるなら、さっきのお店のお姉さんたちみたいなきれいな女の人がいいよね」

「そういうんじゃないって!」

 ファンファンはたまりかねたように言って、ユナを抱きしめた。嫌だと思っても口が勝手に動いて自虐が止まらなかったユナだったが、抱きしめられてびっくりしたことで、ようやく口を閉じることができた。

 彼の抱擁は、子供のときに母や兄がしてくれたものに似ていた。そこに性的な意味はなく、あるのは優しさと思いやりだけだ。

 ユナはその温かさに、少しずつ落ち着きを取り戻した。

「あのね、ユナ。俺は道士とはいえ、まあこんな感じで生臭だし、やっぱり年頃の男なわけよ。それでユナは、可愛い女の子だ。だから、そういう気を起こさないと言ったら嘘になる。君に魅力がないから触れないなんてことはあり得ない。それどころか興味津々で、触りたくてたまらないよ。すげぇ我慢してんの」

 ギュッと抱きしめた姿勢のまま、ファンファンは淡々と言った。顔は見えないが、彼が真剣に言っているのがわかる。

 チャラチャラして見えても、こういうところが信用できるのだ。だから、店のきれいな女性たちに囲まれているファンファンを見たときに、ヤキモチを妬いてしまったのだ。

 あのときのモヤモヤが嫉妬だったとわかると、いろいろなことが理解できた気がする。

「別に我慢、しなくていいのに」

「……意味わかって言ってる?」

 ユナが誘惑すると、ファンファンはガバッと体を離し、真顔で聞いてきた。少し怒っているようにも見える。だが、それは興奮を抑えようとしているからだとユナにはわかった。

「わかってるよ。わたしももう、子どもじゃないから。友達の中には結婚してる子もいるし、そういう子たちに夜の営みがどんなのか聞いたことくらいあるし」

「……そっか。女の子って、すごいんだなあ」

 ユナが耳年増であることを知ると、ファンファンは苦笑いをした。無垢で物知らずのほうがよかったのだろうかと、ユナは少し不安になった。

 それでも、今さら初心なふりをするのは無理だし、勿体つけるような身でもない。……所詮、傷がついた身体だ。

「わたしも十六歳だし……そういう体験をしておいても、いいと思うんだ」

「でも、初めてなんでしょ? ……俺でいいの? 俺のこと、好き?」

「一緒に旅してきてそれなりに信用してるし……そういうことをしてもいいくらいには、好きだよ」

 すがるように見つめられて、ユナは途端にファンファンが愛しく感じられた。抱きしめて、深くつながって、その存在を肯定してあげたくなる。

 だが、しばらく固まってからファンファンは激しく首を横に振った。

「だ、だめだ! そんな気持ちで身体を重ねたら! こういうのは、呪いを解いてからだ! 屍骸遣いを倒してからっ!」

 初め歯を食いしばっていたファンファンだったが、それでも足りなかったのか唇を噛み締め始めた。本当に何かに耐えるように噛み締めるから、やがてうっすらと血がにじむほどになった。

「ファンファン、唇から血が出てる! そんなになるまで我慢しなくていいのに……」

「するよ!」

「何で? わたし、やっぱり魅力ない?」

 行為に及ばず踏みとどまったファンファンに、ユナは混乱した。そして傷ついて、胸の痣がじくりと疼く気がした。 

 懸念した通り、やはり疵のついた身体では、その気にさせるのは難しいのだろう。男を高ぶらせ、触れたいと思わせるのは、昼間ファンファンを囲んでいたような美しい女性たちだ。

 そんなことを思うと、何だか泣きたくなってしまった。

「違うよ。投げやりなユナに、そういうことをしたくないだけさ。捨て鉢にならなくていいよ。呪いは解く。傷だって消える。だから、やめとこうよ。……すべて終わったあとに、俺なんかとそういうことしたって、後悔してほしくないから」

 ユナだけでなく、ファンファンも傷ついた顔をしていた。自分なんかと卑下しているのは、どうやら彼も同じらしい。

 そんなことないと慰めてやりたいのに、ユナはどうしたらいいかわからなかった。抱きしめたいが、きっとそれはこの場においては違う。

 だから、代わりにファンファンの手を握った。その意図がわかったのか、ファンファンは困ったような、それでも嬉しそうな顔で笑った。

「今夜は手をつないで寝よう。それと、いろいろ話をしよう。俺たちは、まだまだ親睦を深める必要があるからさ」

「そっか……そうだね」

 あまりにもファンファンが屈託なく笑うから、先ほどまでの雰囲気は霧散してしまった。今ふたりの間にあるのは、子どものような無邪気な仲の良さだ。

 恋にはまだわずかに届かず、友情と呼ぶには少し照れるような、そんな感情が心を占めている。

「ねえ、ファンファンは何歳なの?」

 互いのことをよく知るために、まず軽く尋ねてみた。これまで一度も聞いていなかったし、こういうときでもないと聞く機会がなかったことだ。

「たぶん、十九くらいかな。もしかしたら二十歳超えてるかもしれないけど。俺、師匠に拾われるまでとにかくろくに育てられてないから、身体がちっちゃかったんだってさ。だから、あくまで推定」

「そうなんだ。拾われたのって、どのくらいの頃?」

「今から十五年前だから、四歳くらいのとき。小さいし髪は伸び放題だから、師匠に最初は女の子かと思われてたんだよ。今よりずっと髪の色も薄かったし、こんな見た目だから、えらく同情したらしくてね」

「ようは、可愛い女の子だと思われたから引き取られたってこと?」

「そう! ひどいよな」

 ファンファンはよほど師匠のことが好きらしい。師匠のことに話題が及ぶと、かなり饒舌になった。悪し様に言いつつも、すごく楽しそうだ。

「かなりがっかりされたんだけどさ、それにも理由があって、先に男の子を引き取ってたんだよ。だから、次は女の子って考えてたんだって」

「じゃあ、ファンファンには兄弟子がいるのね?」

「うん。兄弟子っていうより、本当に兄さんみたいに育ったんだ」

「兄がいるのはわたしと一緒ね」

 共通項が見つかり、ユナは嬉しくなって笑った。だが、ファンファンの顔は少し曇る。

「ユナのお兄さんはどんな人?」

「え、うちの兄? とにかく身体が大きな人ね。身体を鍛えることに余念がなくて、重量と俊敏さを兼ね備えた鍛え方をしてるの。動きだけ見ると猛獣みたいよ」

「へえ。ユナとジジ様しか知らないと、家系にそんな大きな体躯の人がいるのが信じられないね」

「そうでしょ。でも、中身は誰より繊細。それに父に似て頭がいいから、いろんなこと考え過ぎちゃうの。『効率のいい鍛え方は』とか『食事の摂り方の工夫で筋力はどれだけ増えるか』とか」

 話しながら、ユナは兄であるゼツのことを思い出していた。歳が少し離れているためよく可愛がってもらったが、彼のことは理解できない部分が多かった。仲がいいことと考え方を理解できるかは、別のことなのだ。

「ユナとは全然違うんだね」

「違うね。好きだけど、何考えてるのかよくわからないことが多かったよ」

「よくわからないことが多い、か。……本当にそうだよね」

 ファンファンも何か思うことがあるらしく、神妙な顔をして言った。

 ユナは、彼のことを聞いていたはずなのにいつの間にか自分のことばかり話していることに気がついた。

「ファンファンも、兄弟子さんのことがわからなくなるときがあるの?」

 踏み込んでもいいだろうかと、少しためらいつつもユナは尋ねた。だが、きっと今聞かなければ今後聞く機会などそう訪れないだろう。

「よくわからないことがほとんどだった気がするな。好きだったから子どものときは何でも言うことを聞いたけど、大きくなるとそういうわけにもいかなくて。……結局最後は喧嘩別れみたいになって、山を出て行っちゃったし」

「そうだったの……それは、すごく寂しいね」

 話しながら、ファンファンがつないだ手にかすかに力を込めたのがわかった。そこから、寂しいとか不安だという気持ちが伝わってくる。

「この旅のどこかで、兄弟子さんに会えたらいいね。会えなくても、何か情報だけでも掴めたら」

「そうだね。そういう意味でも、師父は俺を送り出したんだと思う。――正しくきちんと見極めろ、と」

 ユナが手を強く握ってやると、落ち着いたのか安心したのか、ファンファンは少し笑った。横になって無防備になると、前髪がサラサラと流れて、隠しているほうの目がかすかに見える。青くてきれいな目だ。見ていると、吸い込まれそうな気分になる。

「そういえば、メイメイちゃんも拾われ子ってことなの? 似てないなとは思ってたんだけど」

 ユナの故郷に残してきたファンファンの小さな妹のことを思い出して、ふと尋ねた。似てはいないが、息のあった戦い方をしていて、ふたりが仲良しなのはわかる。だから、余計に気になったのだ。

「うん、メイメイも拾われてきた。師匠、よっぽど女の子がほしかったんだろうね。俺で懲りなかったってわけ。でも、今度は正真正銘女の子だから、俺も兄も喜んで、めちゃくちゃ可愛がったんだよ」

「男兄弟にとって、妹は特別みたいね」

 ユナは自分の兄のことを思い出し、ファンファンたちがメイメイを可愛がったというのは容易に想像できた。

「特別だね。でもさ、メイメイが一番出来がよくて、すぐに術でも手伝いでもできるようになっちゃってさ、世話を焼いてるつもりが焼かれてた、なんてことになってて」

「あの子、しっかりしてるものね」

「そうなんだよ。だからこそ、可愛くてさ……」

 昔を懐かしむように、ファンファンは目を細めた。だが、その目には悲哀が混じっているようで、ユナは何となく心配になる。

 だが、きっと飛び出していってしまった兄弟子も交えての楽しかった日々を思いだしているのだろうと、そのときは受け止めていた。

「ユナ、眠そうだ。そろそろ寝ようか。明日に備えないと」

「そうだね。……明日からは、うちの母を探しましょ。噂によると、どうもこの近くで暴れてるみたいだから」

 うつらうつらしながら、ユナは明日からのことを考えた。

 旅の目的は、屍骸遣いを見つけることだ。だが、耳にした母の噂も放っておくことはできない。

 それに、何となくだが母に会わずに先に進むことはできないとも感じていた。


***


 ジジ様の取り計らいにより順調に船着き場のある町までやってこられたメイメイだったが、そこからがなかなか大変だった。

 というのも、ひとり旅をするにはメイメイの見た目が目立ちすぎるのだ。

 これまでファンファンとの二人旅も大概目立ってきたが、それは彼の容姿が目立つせいだとばかり思っていた。しかし、ひとりになってみると、むしろ今のほうが目立っているということに気づかされる。

 どうやら、子供は目立つらしい。子供ひとりだと、まず迷子を疑われる。その次が家出だ。

 ファンファンと旅をしている間は、〝遠くの町に出稼ぎに行った母親に薬を届けに行く少女と、その付き添いの道士〟という設定で通していた。これだと、ファンファンが騙して子供を攫おうとしているのを疑われる場合もあったが、何とか信じてもらえていた。

 しかし、子供ひとりでこの理由では、いろいろと無理があるらしい。

 船頭を説得して船には乗り込んだものの、他の乗客の視線が痛くて落ち着かなかった。

「お嬢ちゃんや、飲みもんは持ってるのかい?」

 視線から隠れるようにして饅頭を食べていると、不意に声をかけられた。そちらを見ると、心配そうな顔をした男女が、メイメイを見ていた。

「だ、大丈夫です」

「慌てなくていいよ。ゆっくり食べな。ほら、あんたが声をかけるから、怖がってるじゃないか」

 早く立ち去ろうと思い残りの饅頭を食べてしまおうとすると、それを見ていた女が笑った。口いっぱいに頬張ったから栗鼠みたいな顔になっていたのだろうとわかって、メイメイは恥ずかしくなった。

「怖がらせちゃってごめんよ。でもさ、お嬢ちゃんみたいな可愛い子がひとりで船に乗ってるもんだから、気になっちまってね」

 男は、人の良さそうな顔に笑みを浮かべ、メイメイの隣に腰かけた。すると、女のほうもその反対に座る。

 挟まれてしまってどうしようかと思ったが、どちらもニコニコしていて、善良そうに見える。それに、どのみち船の上にいる限り逃げられないのだから、穏便に済ませることにする。

「遠くの町でおっかさんが病気になっちゃって、あたしがお薬を届けなくちゃいけないんだ」

「そうなんだね。実は、お嬢ちゃんが船頭さんにその話を一生懸命話してるのが聞こえてきて、気になってたんだ」

 船頭にもした話をこの親切そうな男女にもしようかと思ったのだが、どうやら聞かれていたらしい。ふたりはその話を疑っているふうもなく、ただメイメイを心配しているようだ。

「そういう事情があるのは仕方がないけど、やっぱり小さな女の子にひとりで旅なんかさせられないよ」

「それに、心配する人もいれば悪さしてやろうって見てるやつもいるだろう。そういうのがきっとわずらわしいんじゃないかと思って、力になりたくて声をかけたのさ」

 彼らの目的がわからず、メイメイは首を傾げた。ただただ親切なのだろうと思いつつも、目的が読めないのは落ち着かなかった。

「お嬢ちゃんが目的地に着くまであれこれ詮索されないように、俺たちの娘のふりをしていちゃどうだ?」

「え?」

 男の申し出に、メイメイは戸惑った。せいぜい道中の話し相手になってくれるくらいかと思ったが、予想の斜め上の提案だ。

「私らは夫婦で商売をやってるから、それに着いてきた小さな娘ってことにしておけば、誰も疑わないんじゃないかなって思ったんだよ」

「船から降りたあとも、おっかさんのいる近くまで連れて行ってやれるし、お嬢ちゃんには悪い話じゃないと思うんだが」

 ふたりは微笑みつつも、うかがうようにメイメイを見つめてきた。その顔には、善意以外は浮かんでいないように思える。

 それに、この申し出に彼ら側の利点はないように感じた。つまり、十割善意でメイメイのために申し出てくれているのだろう。

「でも……お二人には何の得もないのでは?」

 疑問をそのままぶつけると、男女は顔を見合わせた。それから、少し困ったように笑った。

「しっかりした子だね。子供は、大人の親切にもっと甘えていいんだよ」

「それにね……私ら、夫婦になって十年近いっていうのに子供に恵まれなくてさ、半分は諦めてるんだよ。でも、あんたみたいな可愛い子を見ちゃったら、うちに子供がいたらこんな感じかなって考えちゃって……」

 女が切なそうに目を伏せるのを見て、メイメイは大体の事情を察した。

 ようは、道中メイメイを連れていることで、擬似的にでも子供がいる感覚を味わいたいということだろう。

 善意と、ほんの少しの彼らの事情によっての申し出だとわかり、メイメイの心は傾いた。他人とあまり長く接触しないほうがいいのだろうが、利点のない話ではない。むしろ、ファンファンがそばにいない今、彼らを庇護者代わりにしておくのは有効だろう。

「……いいの?」

 ここは子供らしく不安げな顔をしつつ確認しておくべきだろうと、メイメイは小首を傾げて男女を交互に見つめた。それを見たふたりは、何とも嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんだとも!」

「私らがそばについててやるからね」

 女がメイメイの手を取ると、それに合わせるように男も手を握る。傍目には、父母と手をつなぐ子供に見えるだろう。

 メイメイ自身にはそんな幸せな記憶はないが、きっとこれがあるべき家族の姿に違いない。歪な自分はどこまでいっても浮くのだと、こんなときに実感させられる。

 それがほんのり胸を痛くさせたが、感傷に浸っている場合ではないと頭から追い出す。歪でも何でも、メイメイにとっては道寺が家で、そこで一緒に暮らす師父とファンファンが家族だ。

 そして今は、もうひとりの家族であるユーシュンの行方を追っている最中である。気を引き締めなければならない。

「……あたし、本当は心細かったから嬉しい。ありがとう」

 子供らしくはにかんで見せつつ、メイメイは頭を働かせていた。船が港に着くまでは彼らと共に行動するのが便利だが、その後はどう別れようかと。

 親切な人たちならば、船を降りてからも何かとついてこようとするだろう。そうすると、身動きが取りづらくなる。

 港に着いたら、人混みに紛れて逃げだせばいいわね――悩みつつもそのときは、メイメイは事態をあまり重く考えていなかった。

 だが、いざ船が港に着いてしまうと、逃げ出すというのが思いの外難しいことに気づかされた。

「さあ、知り合いの馬車を待たせてるから、一緒に行こうね」

「えっ、いや、あたしはここで」

「いいからいいから。遠慮しないで」

 港に着くや否や、夫婦は左右からメイメイの手を引いて歩きだした。大人が本気で持ち上げれば、八歳児ほどのメイメイの体は簡単に運ばれていってしまう。

 おそらく善意からの行動なのだろうが、今やそれはいらぬお節介に成り果てている。

 身をよじり、手を振りほどこうとするが、絶対にメイメイを連れていくという固い意思を感じさせる彼らの手は、離してくれそうにない。

 港にはたくさんの人がいた。誰か不審に思って助けてくれないかと考えたが、今の自分の姿は駄々をこねて父母を困らせている子供にしか見えないことに気づいてしまった。

 そうこうしているうちに言っていた馬車とやらが見えてきて、メイメイは焦った。だが、焦ったところで何かできるわけではなく、そのまま馬車に押し込まれそうになってしまった。

「――待ちな!」

 そこへ、何者かの声が飛んできた。そして、あっと思ったときにはメイメイの体は今度は別の誰かに引っ張られていた。

 夫婦から引き離され自由になったかと思うと、なぜか彼らは大勢の武装した人間たちに囲まれていた。

 そして、メイメイ自身も同じく武装した人間の腕に抱きかかえられていた。

 その人は、女性だった。だが、とても体が大きく強そうだ。その風格から、集団の長ではないかという気がした。

 身なりからして、もしかしたら盗賊なのかもしれない。

 つまり、メイメイの身は強引なお節介夫婦の手から、屈強な女盗賊に手に渡ってしまったということだ。




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