7.賢者、策略を巡らす

 

 勇者ヘイロンの元仲間――賢者、聖女、剣聖の三人は険しい顔をして頭を突き合わせていた。

 彼らの心配事は、いわずもがな――


「やはり彼、逃げましたか」

「どっ、どうするのですか?」

「……」


 三人の元にヘイロンが脱獄したという情報はすぐに入った。それを受けて急ぎ対策を練っている最中。

 あの勇者なら襲い来る兵士を皆殺しにして、裏切った自分たちを殺すのはわけない。


「安心してください。いくら彼の能力が異常でも、所詮は人間だ。殺すには物理的にやりにくるしか方法はない」

「遠隔での魔法攻撃は? それがあるならどうにもならん」

「それも抜かりありません。魔法障壁を常時展開しているので初撃で破られることは絶対にない」

「そ、それなら今のところは安全なのですね?」


 賢者の言葉に聖女はほっと胸を撫で下ろした。


 もちろん賢者はこのような展開も想定済みだった。

 勇者といえど不死ではない。致命傷を受ければ死ぬし、首を落とせば生きられない。魔王のように殺せないのでないなら彼を始末する方法は幾らでもあるのだ。


 それに加えて賢者はヘイロンに対して全ての手札を見せたわけではない。隠している奥の手がある。

 ――魔法無効化。それさえ成してしまえば後は遠距離から殺してしまえばいい。勇者など所詮人間で、人間は簡単に死ぬのだから。


「ですが、彼が逃げの一手を選ぶとは……こればかりは想定外でしたね」

「どこに行ったのでしょう?」

「少なくとも国内には居られないだろうな。魔王殺害の件、すでに国中に知れ渡っている」

「仮に亜人の所へ身を寄せても、元々彼らにとって勇者は仇です。歓迎はされませんよ」


 ――つまり、勇者には安住の地などないのだ。

 どこへ行っても忌み嫌われる。となれば人目を避けて隠れ住むしかない。逃げたのならば復讐どころの話ではないだろう。


「ということは、彼からの報復はないと考えてもよろしいのですか?」

「今のところは大丈夫でしょう。あんなもの、捨て置いても問題はない。目下の脅威は魔王だ」

「……どうする?」


 人類にとっての脅威、魔王。

 ヘイロンが魔王を殺してしまったことで、その脅威が再び日の元に晒された。

 新しい魔王の特定は容易にはいかないものだ。いつ、だれが魔王として生まれるか。それを探る術はないのだから。


「魔王は亜人から生まれるもの。いつの時代もそうだった。つまり……」

「つまり、亜人をすべて滅ぼしてしまえば魔王の脅威に怯えることもないのですね!」

「簡単に言うな。根絶やしとなると、いくら兵力があっても足りん」


 亜人の殲滅は人類が長い歴史の間で何度か試した。しかし結果はそれには至らない。亜人たちの抵抗が大きく、そして魔王の存在もあった。

 だからこそ、人類は魔王を封印して亜人たちの反乱を抑えてきたのだ。


「殲滅は難しいでしょう。しかし魔王に成るであろう人物を選定して処分することは可能です」

「そんなこと、出来るのですか?」

「ええ、魔王とは亜人の中でも秀でた能力を持つものが到達できる境地。それらを狩っていけば魔王の抑止は出来ます」

「強者か……腕が鳴る」


 不敵に笑う剣聖に、でも――と聖女は疑問を突く。


「成熟した亜人なら判別も容易ですけど、潜在的に能力が開花する前の状態では特定は難しいですよ」

「ならば亜人の村から、片っ端から子供を攫って殺せばいい。簡単でしょう?」


 軽く笑って賢者は悪魔の所業を話してみせる。

 それに少し難色を示したのは、聖女だった。


「……幼子を殺すのですか?」

「ああ、悲しむ必要はありませんよ。これは正義の行いですから。高々亜人の命。後に魔王が生まれ、それに殺される人間の命に比べれば遥かに安い」

「悲劇を止めるためなら多少の犠牲は致し方ない」

「……そうですね」


 亜人の命は軽んじられるもの。人間たちの認識は皆そうである。だからこんな虐殺を計画しても心は痛まない。

 特に亜人たちの命を数えきれないほどに奪ってきた彼らは、簡単にそれらに見切りをつけられる。


「手始めに奴隷商を使って、各地から亜人を集めましょう。殺すのが心苦しいならそれこそ奴隷として使役しても構わない」

「私たちは何をしましょう」

「聖女は民衆の反乱を抑えてください。魔王が殺されたことは最早周知の事実。国民は混乱しているはずです」

「分かりました」

「剣聖は、亜人の強者を狩ってください。あなたなら安心して任せられる」

「承知した。武者修行のようなものだな」


 賢者の計画に二人は賛同した。


 魔王没後の世界に、波乱が巻き起こらんとしていた。

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