スローライフは紙一重

空夜キイチ

1.魔王、殺される


 勇者ヘイロンが魔王の鋼鉄の肌を裂いて、その心臓に剣を突き刺した瞬間――その場にいた勇者を含む仲間たちは息をするのも忘れて固まってしまった。


「――はっ!?」


 事の重大さに気づいたのは、討たれた魔王が血反吐を吐いて床に倒れてからだ。

 倒れた魔王のすぐ傍に居たヘイロンは、心臓を突き刺したままの剣から手を離してその身体を揺する。


「まっ、待て待て待ってくれ!! まだ死なないでくれよっ!!」

「グッ……我を殺そうと無駄なこと、だ。いずれ新たな魔王が貴様らの前に現われるであろう」

「わかった! わかったからもう喋るな!! 死んじまうだろ!!」


 殺した相手に死ぬなというのはなんとも奇妙な話である。既に瀕死の魔王にはそれを気に留める余裕はなく、彼を倒した勇者一行へと恨み言を言うとやがてその身体から力が抜けていった。


「っ、聖女! 回復魔法かけろ!!」

「もうやっています。ですが……」


 回復魔法のスペシャリストである聖女が力なく首を横に振る。

 彼女の魔法をもってしても死者に対してはどうにも出来ないのだ。その事実に、勇者一行は言葉もなく沈黙した。


 しばらくして静寂を打ち破ったのは、勇者一行のブレインである賢者だった。


「魔王を殺してしまった。この事実は最早どうすることも出来ませんよ。この場に突っ立っていても何にもならない」

「それじゃあ……どうする?」


 皆を見回して、一流の武芸者である剣聖の男が議論を進める。


 彼らがこれほどまでに動揺しているのは、『封印すべき魔王を殺してしまったから』だ。

 約千年もの間、封印から目覚めた魔王を再び封印することで、世界の安寧を保ってきた。魔王とは不死身の存在で、例え殺しても再びこの世に復活する。故にいずれ復活するならと、より管理のしやすい五十年周期の封印を施すことで、今まで事なきを得ていたのだ。


 それが、今回の魔王討伐では不手際により勇者が魔王を殺してしまった。


「殺した魔王が次の復活を遂げるのがいつになるか。十年後か、百年後か……どこで復活するのか。我々には予測出来ない。もし魔王復活を知らずに放置して力を蓄え始めたのならば、人類に勝ち目はありません」


 賢者が最悪の未来を重苦しく告げる。


 今まで魔王を封印できていたのは、千年前に瀕死の状態まで追い詰めた魔王を封印、そこから五十年ごとに封印の解けた直後の弱体化した魔王を封印し続けていたからだ。

 力を蓄えていない魔王であれば抜きん出た才能を持たない一兵士でも容易に封印できる。故に、千年もの平和を保てたということだ。


「とはいえ、やってしまったものはどうにもなりませんね」


 困り顔で賢者が告げる。彼はいつもの柔和な顔を勇者ヘイロンへと向けた。


「……わるい」

「ま、まあ……とりあえず王国に戻って、皆で対策を考えましょう」

「それが良いな。幸いにして時間はまだ残されている」


 聖女と剣聖も賢者の意見に同調した。

 彼らがかけてくれる温かな言葉に、ヘイロンは涙ぐむ。ともすればお前が悪いと糾弾されると思っていたからだ。

 けれど、ここまで過酷な旅を一緒に続けてきた仲間たちは、こんなことでヘイロンを裏切りはしなかった。


「みんな、ありがとう」


 ――ここまでは、そう思っていたのだ。


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