1-9『サムライ、初めてのお仕事~誘拐少女救出編~』

 『誘拐された娘を、取り戻してほしい』。

 その言葉に、この場の全員が息を飲んだ。

 そんな中、社長だけが冷静な面持おももちで口を開く。


「失礼とは存じますが、相談相手をお間違えでは?」

「し、社長! その言い方は、いくらなんでも……」


 娘を誘拐されたという男に対し、いっそ冷淡にも思えるような物言い。

 流石さすがに依頼者に悪いと思ったのだろう。ノノは控え目ながらも社長の発言をたしなめる。

 しかし社長は、そんな彼女を手で制しながら続けた。


「常識的に考えて、この件はアイギスに通報すべき事案では? わざわざ便利屋うちに依頼する理由が見出みいだせないですが」


 便利屋。それは依頼に見合った報酬がさえあれば、どのような仕事もけ負う組織である。

 例として、ペットの散歩代行や配偶者の浮気調査。パチンコ屋のサクラ等々、その内容は多岐たきに渡る。

 そういった性質上せいしつじょう、時には表沙汰おもてざたに出来ないような依頼が来ることも珍しくない。

 知らず知らずのうちに犯罪の片棒かたぼうかつがされる、ということもあり得ない話ではないのだ。

 ゆえに、どのような内容であろうと依頼の受諾には慎重をする必要があった。ましてや今回のような案件ならば尚更だ。

 すると依頼主の男は、神妙な面持ちで|スーツの内ポケットに手を入れる。


「……確かに、いきなり押し掛けた挙げ句、事情も明かさないのは不躾ぶしつけでした。失礼、わたくしこういうものです」


 依頼人の男が取り出したのは、一枚の名刺。白い紙にはゴシック体で氏名と所属が記されている。

 名刺を受け取った社長は、確認するように声に出して読み上げる。


「『株式会社セイキョー』代表、ショーガン・ウエポン氏……ですか?」

「えぇ、最近上場したばかりの駆け出し企業です。周知はあまり進んでおりませんが、いずれは……。っと、そんなことより、こちらに依頼の申し込みに参った理由ですが」


 依頼人の男──ショーガンは、再び内ポケットに手を入れる。

 彼が取り出したのは、折り畳まれたA4サイズの白い紙。それを社長に差し出す。

 社長は受け取ると紙を開く。肩越しにジン、エイム、ノノもひょっこりと覗き込み、その内容に全員が顔をしかめた。


「『娘は預かった。返して欲しくば身代金みのしろきん1億Bビットを用意し、今日中に一人で廃街スラムのアリーナまで来い。要求を満たさなかった場合、またアイギスに通報した場合、娘の命はない』、ですか……」

「なんとまァ、これ以上ないくらいテンプレートな脅迫状だな。付け加えるなら、履行りこうされる気が全くしねェ」


 ジンの呟きに、ショーガンは頷く。


「身代金は既に準備済みです。しかしそこの彼が言った通り、応じたところで本当に娘が解放されるとも思えません」

「でしょうな。取引きが完了次第、受け渡し人も娘さんも殺されて終わりでしょう。もしくは味をしめて、より過激な要求をしてくるか……」


 ふたもない社長の言葉。しかし誰もが容易に想像がつく事実だった。

 またショーガンも、あらためて現実を突き付けられてこたえたのだろう。

 徐々に声色を弱々しいものに変えていき、最後はすがるように言った。


「……お願いします。金は誘拐犯にくれてやって構いません。ですが娘だけは、何としても救い出しては頂けないでしょうか」


 ショーガンの瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。

 彼も人の親。冷静に振る舞ってはいるものの、本心では今にも取り乱しそうな程に追い込まれているのだろう。

 そんな依頼主の姿をの当たりにした社長は、次の瞬間。


「ご気持ちの程、よぉく伝わりました。こちらとしても是非、ご協力させて頂きたいのですが……」


 キラリと、サングラスを光らせて言った。


「当然、簡単に解決できる依頼でないことは明らか。それどころか我が職員にも危険のともなう可能性が十分に考えられます。であるなら依頼料の方も、それなりになりまして……こちらの契約書を確認次第、ご納得して頂けましたら一筆いっぴつお願いできますか?」

「おいおいマジか、この流れでぶっ込むかよ」


 同情の態度から一変。

 社長はテーブルの下から書類とペンを取り出すと、ショーガンの前に差し出す。

 商魂たくましいと言えば聞こえはいいが、およそ人の熱を感じられない割り切りの良さに、ジンは頬が引きるのを抑えられない。

 とはいえショーガンも商売人である。依頼にあたって準備に抜かりは無かった。


「無論、ご用意しております……これくらいで如何いかがでしょう?」

「マジか!?」

「わぁ!?」

「……っ!」

「お前らッ! お客様の前で失礼だろうが!」


 ショーガンは胸元のポケットから小さな紙を取り出す。現れたのは小切手だった。

 ショーガンは、そのまま慣れた手付きで小切手に数字を記入していく。

 途端、ジン、ノノ、エイムの三人は目を剥いて声を挙げた。

 そんな三人に怒声を挙げながら、社長はうやうやしく小切手を受け取る。


「……確かに。それでは正式に、依頼を受理させて頂きます」


 小切手に書き込まれた数字は、2000万B。

 出国料金と同額の、まごうことなき大金だった。

 その後、目を丸くするジン達を他所よそに、社長とショーガンは話を進めていく。


「こちらが娘の情報と写真です。是非お役立て下さい」

「助かります──これはまた、利発りはつそうな娘さんだ」


 ショーガンから手渡された資料を見て、社長は思わず舌を巻いた。

 写真に写る少女の名は、アリア・ウエポン。年は十歳。

 緩くウェーブ掛かった長い金髪と、透き通るようなスカイブルーの瞳が特徴的な誰もが認める美少女だ。

 一目で良家のご令嬢とわかる佇まいは、さらう側からすれば間違いなく垂涎すいえんものである。


「こりゃあ狙われる訳だ……と、失礼。では最後に、身代金の受け渡しについてですが……」


 必要な情報が出揃ったのだろう。

 サインを確認した社長は、書類をファイルに収めながら身代金の受け渡しについて詰めていく。

 するとショーガンは途端に顔色を変え、鋭い眼差まなざしで隣に座る男に目配めくばせをした。


「取引場所については、この者に案内させます……おい」

「は、はいぃ!」


 ショーガンに声を掛けられた男は、大量の汗を掻きながらあわただしく立ち上がる。

 紹介されたのは、先程からショーガンの隣で過剰かじょうなまでに背筋を正すタキシードを着込んだ小太りの男だった。

 男の顔色は真っ青で、今にも倒れそうなほど呼吸が荒い。


「こちらの方は?」

「娘のボディガードけん目付役めつけやくのトラーバです。この者が目を離している間に、娘がさらわれてしまい……」

「こ、このたびわたくしめの不手際ふてぎわでご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございません!」


 タキシードの男──トラーバは、見ていて気の毒になるほど繰り返し頭を下げる。その姿を隣で眺めるショーガンの視線は至極冷たい。

 当然だ。娘が誘拐されるに至った直接的原因であり、尚且なおかつボディガードを任されていた程の信頼を裏切ることになったのだから。

 便利屋の面々やジンが反応に困る中、ショーガンは重々おもおもしく口を開く。


「……分かっているな。もし娘に何かあれば、お前の首が明日も繋がっているとは思わないことだ」

「は、はいぃ!」


 事務所に響く、悲鳴のようなトラーバの返事。

 それでもショーガンの眼差しが緩むことはなく、彼に背を向けると出口に向かう。

 そして帰り際、


「どうか娘を、お願いします」


 ショーガンは振り返ると大きく頭を下げ、事務所を跡にした。



 ※ ※ ※ ※ ※



「──で、これから具体的に、どうするつもりなんだい?」


 ショーガンが退室してからしばらく、事務所にはなんとも言えない空気がただよっていた。

 そんな中、ジンが真っ先に口を開く。


「依頼よし、報酬よし、身代金よし。ここまではいいとして、じゃあ誰が受け渡し人になるかって話だ。救助が目的な以上、荒事あらごとは避けられねェぞ」

「前提として、トラーバ氏は論外だな。事情が事情とはいえクライアントの関係者である以上、危険な役目は負わせられねぇ。とりあえず、こういう事態に強いやつに連絡を……って、ちょっと待て」


 依頼を受理したとはいえ、事態が深刻なことに変わりはない。

 期限は本日中。時間が限られている以上、早急そうきゅうに作戦を立てる必要があった。

 社長もそれを理解しているのだろう、急ピッチで話を進めていく。

 しかし彼は、その途中で待ったを掛けた。

 理由は明白。


「旅人、テメェいつまで居やがる気だ?」


 当然のように作戦会議に参加しているジンだが、本来彼は全くの部外者である。

 この場に立ち会う義理も、意見する権利もない。今すぐまみ出されてしかるべき立場だ。

 しかしながら、旅人とはくも図々ずうずうしい生き物である。

 純度100%の作り笑いを浮かべるジンは、胸を叩いて答えた。


「ここまで首を突っ込んだ以上、もはや一蓮托生いちれんたくしょうだろ? わしにも協力させてくれ」

「なにが目的だ」

「報酬の分け前以外にあると思うか?」

「もっと包み隠そうよジン……」


 もはや取りつくろう気もない。いっそ開き直るような清々すがすがしい笑顔でジンは協力をもうし出る。

 その隣では、エイムがあきれ顔で肩を竦めていた。 

 一方社長は、そんな彼を鼻でわらうとポケットからスマコを取り出す。


「言っておくがテメェに頼る気は無ぇ。これはアークの仕事だ」


 そう言ってスマコを耳に当てた社長は、得意気に腰に手を当て応答を待つ。

 それから呼び出し音が鳴ること、三コール。

 受話器が取られる音と同時に、単刀直入に告げた。


「クリス、緊急の依頼だ。詳細しょうさいは事務所で──あ? 旅行中だ? ちょっと待て、おい!」


 しかし電話は十秒と経たずに打ち切られる。

 途端、事態を飲み込めず呆然とスマコを眺める社長の顔は、見る見るうちに赤く染まった。 


「クソッタレ! アイツ、用件も聞かずに切りやがった!」

「クリスさんはなんと?」


 反応からわかり切っているとはいえ、結果を確認しない訳にもいかない。ノノはなかば諦めの気持ちで訊ねる。

 すると社長は髪を乱暴に掻きむしりながら、投げ出すように言った。


「『家族旅行中につき、仕事は明後日あさってまで完全オフ! 他を当たりな』だとよ」

「え、えーと。それはつまり……」

「今のアークに、こういう状況で動ける人が誰もいない」

「そういうことだ、クソがっ」

「ほほゥ」


 エイムの呟きが図星だったのだろう。社長は悔しまぎれに悪態をつく。

 そんな彼の姿を、ジンが花が咲くような笑顔で見つめていた。

 社長は、それに気付くとつ当たり気味に声を荒げる。


「旅人テメェ、さっきから顔がうるせぇぞ! 言いてえ事があるならハッキリ言いやがれ」

「なら遠慮なく。ここに一人、荒事慣れした優秀な人材が」

却下きゃっか


 言い切る前に撃墜されるジンの提案。

 社長は唇をとがらせるジンを無視して、あごを摘まみながら思案に暮れる。

 それから十数秒後。

 意を決した表情で、社長はゆっくりと口を開いた。


「仕方ねえ、俺が出るか」


 他に動ける人材が居ない以上、自分が出るしかないと考えたのだろう。

 溜め息混じりに呟き、外出準備のために立ち上がる。

 しかし次の瞬間、大波のような反感が押し寄せた。


「何を言ってるんですか! 社長に万が一があったら、便利屋はどうなるんですか! 最悪、責任者不在で解散ですよ!」

便利屋ここがなくなったら、わたしは露頭ろとうに迷いかねない。社長は待機してて」

「……嘘でもいいから、俺への心配の言葉も欲しかったよ」


 それから押しも押されぬ問答が続いた結局、社長は押し切られる形で案を取り下げた。

 とはいえ代替案だいたいあんがある訳もなく、時間だけが刻々と過ぎていく。

 やがて、


「……チッ、背に腹は代えられねぇか」


 どこか諦めるように呟く社長は、ジンへ振り返る。

 そして待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる彼に言った。


「おい旅人、商談しょうだんだ。無事に依頼を達成したあかつきには、成功報酬の四分の一をお前にやる……これでどうだ」

「……悪いが、その条件ならお断りだ」

「はぁ!?」


 しかし、あろうことかジンは首を横に振った。

 その行動に、社長はおろかエイムとノノも驚愕する。

 けれど続くジンの言葉を聞いて、その表情は納得へと変わった。

 即ち、


「儂が飲む条件は、それプラス便利屋の雇用だ」


 目先の大金を手にしたところで、出国額に届かなければ意味がない。

 上手くり出来る環境が無ければ使い潰して終わりだと、ジンは十分に理解していた。

 なにより、ここへ訪れた本来の目的は雇用のために他ならないのだから。

 それを思い出したのか、社長は大きな溜め息を吐くと降参したように肩を落として書類を取り出す。

 そこには『雇用契約書(仮)』と記されていた。


「……いいだろう。ただし正規雇用は、あくまで成功した場合の話だ。それ以外の結果は認めん。そのことを肝に命じておけ」

「ハッ! 問題ねェ。吉報を期待して待ってな!」


 差し出された紙に名前を書き、社長の印鑑をもって正式に認められた書類となる。

 こうして、ジンの便利屋での初仕事(仮)が始まった。


「だ、大丈夫でしょうか……」


 そんな一部始終を静かに眺めていたトラーバは、ひとり心配そうに呟くのだった。

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