@地獄に落ちました

唐傘人形

第1話

 俺は玉座でふんぞり返っているナナシだ。

 赤い絨毯がまっすぐに伸び、左右には青い篝火が揺らめく。

 そうここは謁見の間だ。

 巨大な城の外観は黒い人の顔が幾つも生えた不気味な壁に覆われている。

 内部は一転、ゲームに出てきそうな石の壁だ。

 それを隠すように芸術的な装飾の数々で彩られている。

「よく来たな。

俺はナナシ……、我はこの城の主ナナシ」

 虚しく声が響く。

 城には俺しか居ない。

 生活に困るほど広く、城内を探索し終えるのに数ヶ月を要した。

 誰も居ないことが解った。

 つまり俺しか居ない城だ。

 こんな虚しい台詞の練習を始めたのは、あまりにも暇だったからだ。

 

 勇者を待つ魔王の気持ちがよく解る気がする。

 やっと来てくれたと喜んだに違いない。

 こんな孤独な中にいれば敵であっても来客は嬉しいものだ。

 もっとも魔王には配下が居て話し相手が居るのだろうが俺にはそんな者は居ない。

「虚しい。

外に出られず、することもない……」

 暇を潰す何かがあれば楽園だったかも知れない。

 だがここは地獄だ。


 あの時、神様をぶん殴られなければこんな地獄に落とされることはなかった。

 思い出しただけでも忌々しい。

 神は言った「あっごめん、間違って死なせてしまったんだよね。許して。てへ」

 いくら神でも命を奪っておきながら、その台詞はないだろう。

 怒りがこみ上げて俺は「ふざけんな!」と神の顔面を殴ったんだ。

 その瞬間、足元に穴が空いて地獄に落ちたんだ。

「ああっあーーっ、もっと殴っておけばよかった」

『ざーこざーこ、間抜け野郎』

「だ、誰だ!」

 子供っぽい声がしたのだが、辺りを見回しても誰もいない。

 寂しさのあまりに幻聴まで聞こえるようになってしまったのか。

『やっと聞こえたようじゃな。

私は黄泉を統べる神であるぞ』

「器の小さい癖に神を名乗るのなんて、とっと元の世界に返せ!」

『君を落とした神とは別の存在じゃ』

「そ、そうなのか……、でも仲間なんだろう」

『あやつとは宿敵。

黄泉の世界をこんな地獄に変えたのも忌々しい奴の仕業じゃ』

 薄っすらと目の前に長い黒髪の巨乳な美女が見え始めた。

「うわっ……、なんだ。

幽霊か!」

『それは私の姿。

契約を結べば実体化出来る』

 話しかけているのは女神だったのか。

 だから子供ぽっい声に感じたのだろう。

「解った、契約ってどうすれば良い」

『付いて来るが良いのじゃ』

 女神は玉座の裏側に回り込むと消えた。

「消えるなよ……」

 いや何かあるのか、床を蹴ると軽い音がする。

 床のタイルを触ると外れ階段が見えた。

「色々と探索したつもりだったが、こんな隠し通路があったのか。

まだまだ他にもこんな隠し要素が……」

 考えている場合ではない、早く追いかけないと。

 階段は螺旋状に地下深く続いている。

 延々と続いているのではと思うほどあるき続けた。

 

 最下層まで降りると小部屋がある。

 中央には石の台が置かれている。

 その上に女神が腰掛けて待っていた。

『ここに屍が眠っている。

剣を抜くのじゃ』

「台かと思ったけど、もしかして棺桶なのか?」

 蓋は重く渾身の力を込めてやっと少しずらすことが出来た。

 なんて重いんだ。

『手を入れれば取れるかもじゃ。

早く契約を結びたければ試してみると良いぞ』

 少し狭いが手は入りそうだ。

 中には屍が入っているのが見える。

 そんな物に触れたくはないと出来るだけ上の方を手で探った。

 冷たい感触に激痛が走る。

「ぎあゃゃっ!」

 考えれば解ることだが、刃に触れれば切れるのは当然だ。

 棺桶から手を抜く、手首のあたりに深く傷が入っていた。

 傷口を手で抑えると傷は直ぐに塞がり消えてなくなる。

 不思議なことだが、この世界に来てからは直ぐに傷が癒えるのだ。

『これも呪いの効果……。

可愛そうなやつじゃ』

「呪い?」

『君は凄い呪いがかけられているのじゃ。

それも幾多にも複雑に』

「一体誰が俺を呪ったんだ」

 心当たりは全くない。

 恨まれるようなことをした覚えはないからだ。

『それも契約を結べば解ることじゃ』

「ふむ……、なんか急かすところが怪しいな。

……まあ良いか」


 何が起きたとしてもボッチで何もない状況が変わることのほうが良い筈だ。

 蓋を押しのける!

「はあああぁぁぁっ」

 ズドーーン!

 埃が舞い上がり咳き込む。

 棺桶の中には白骨化した死体が眠っている。

 その額に剣が突き刺さっていた。

 柄を握り引き抜こうとすると、刃が飛び出て手から血が溢れた。

「痛ああぁぁぁっ!」

『それぐらい我慢するのじゃ』

「何だって、こんな罠が仕掛けてあるなんて聞いてない」

『それば儀式の剣、血を注ぎ込むための細工じゃ』

 剣身に溝があり血が流れている。

 手の傷はすぐに治る程度だが、何故が切り落とされたかのような激痛が襲うのだ。

「死ぬほど痛いんだ。

毒でも塗ってあるんじゃないのか?」

『呪いによって痛みが増幅するようになっているようじゃ。

我慢するしか無い』

「くっ……。

何処の誰だかわからないが、見つけ出して絶対にぶん殴ってやるからな」

 手を離さないようにもう片方の手で覆い両手で剣を引き抜いた。

 すると骨が黒い霧に覆われた。

 生の手が、その霧から出てくる。

「はっはは……。

ついに蘇ったのじゃ」

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