メモリーズ・メッセンジャー
ふかでら
プロローグ
軋む音と共にドアが開いて、隙間から光が差し込む。
壊れた壁から空が覗き、施設としての機能が失われた建物に足を踏み入れる影がひとつ。それは頭の上の大きな耳が特徴的なフレンズだ。
小さな足音を立てて歩いていた彼女は、不意に足を止めて息を呑む。
見開いた目に映るのは、天井に空いた穴から射し込む光に照らされる、卵に似た形の巨大な物体。表面に雛が孵った後のような歪な穴が広がり、薄暗い建物の中で光を放っていた。
床に散らばる破片を踏みながら小走りで近づくと、フレンズは自分よりも遥かに大きな物体に手を当てる。
「壊れてる。いつの間に」
物体の内部はフレンズが入れるほどの空間になっており、色とりどりの大量の四角い塊で埋め尽くされていた。
塊一つ一つが放つ淡い輝きに照らされた物体の内部へ、フレンズは両腕を伸ばした。大事な探し物があるように、真剣な表情で塊をかき分けていく。
「ない……なんで」
くまなく調べてみたが、物体の内部にあったのは四角い塊だけだった。念のためもう一度調べてみたものの、やはり他に変わったものは見つからず、フレンズはがっくりと肩を落とす。
ここには何も無い。深く落胆して溜息を吐き、諦めて踵を返そうとした時。
ほんの微かに、物体が震えたような気がした。
「ん?」
フレンズが訝った次の瞬間、物体から突如光が炸裂した。迸った光はフレンズを呑み込み、建物内を白く染め上げて壊れた壁や天井から溢れ出す。
強烈な光は瞬く間に収束しかき消えて、両腕で顔を覆ったフレンズの姿が現れる。うっすらと目を開いた彼女は、眩い光が収まっているのを確認して腕を下ろした。
「何、今の……」
そろそろと物体に触れ、軽く叩いてみるが、固い音が鳴るだけでまた光を放つことはない。しかし何事もなかったように鎮座しているのが不気味だった。
「まさか、まだ力が残ってるの?」
さっき動いたように見えたのは気のせいではなかったのかと、フレンズは鋭い目つきで物体を睨む。
単なる偶然だったかもしれない。だけどほんの一瞬でも反応があった。つまり、この物体は生きている可能性がある。
物体を見つめるフレンズの両目が光を帯びて、同時に爪も光り出す。
薄暗い空間に虹色の軌跡を描き、フレンズがしなやかな動きで腕を振りかぶる。いっそう輝きを増した爪を打ち込んで、沈黙する物体に振り下ろそうとした。
「……」
だが、フレンズはそこから動かない。目に光を湛えたまま顔を歪め、引き結んだ唇と振りかぶったままの手を細かく震わせている。
やがて目と爪の輝きが収まって元の状態に戻り、力なく腕を下ろした。
「失われた輝き。再現、嘘でも。それでも」
項垂れてぽつりぽつりと呟く。しばし建物内が静寂に包まれて、再びフレンズの声が聞こえた。
「……会えるかな」
そっと物体に触れる。物体を見つめる目は先ほどまでの鋭さは無く、深い寂しさと悲しさを滲ませていた。
「会いたい、な……」
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