7.両恋フレーバー



『認めてほしければ、舞耶を惚れさせてみなさい。それが条件だよ』




どうやらパパと琉生は、そんなやり取りをウチのいないところでしていたらしい。









「初耳なんだけど、何その話」


「舞耶に惚れちゃった……と話した時のお話です」




ソファーの上……なぜか琉生の足の間に座って、濡れた髪をドライヤーで乾かされたところ。


そのままドライヤーを置いた琉生は、両腕を私に巻き付けてくる。


これが、噂に聞く、バックハグ……というやつだ……!!!




こんな状態で話を続けようとする琉生も琉生だけど、ちょっと嬉し恥ずかしいウチもウチだ。


どくどくどくどく、鼓動が速まり、緊張で息を止めてしまって苦しくなってくる。




ウチは慣れてないってのに、最初から飛ばしすぎじゃない!!?




そして琉生はそのまま、ウチの首に顔をうずめて、深く息を吸い込む。


…………ちょ、ちょっと!!!




「なにしてんのよ変態っ」


「いい香りがしたもので」


「そんなとこ嗅がないでっ」


「怒っているけれど振りほどかないツンデレな舞耶お嬢様もお可愛らしい」


「黙って説明しなさいよ!!」


「無茶をお言いになる」




はぁ、とその場でため息を吐かれれば、擽ったくて身が震える。


そしてくすくすと笑われるとまたウチは頬を膨らませた。




なんだこれ……イチャイチャ?イチャイチャなのか?




「舞耶のお父様は、舞耶お嬢様を縛りたいわけではありません。こういうことも想定していたというだけのことです」


「……そうなの?」


「しかし、それ以前にわたしがベタ惚れする方が早く、お嬢様にアピールをし続けており、お二人はそれを見守っていらっしゃいました」


「あれをそういうアピールだと思えるわけないじゃない。ただの変態的言動でしょう?」


「惚れ込んでいると何度告白したことか」


「戯言に聞こえていたわ」




いちいちあれが告白だと思えるわけが無いでしょう。


気づけばまた首元を吸われていて、その頭をペチンと叩く。


いつまでも人の首吸ってんじゃないわよ!


恥ずかしい!!




けれど、なんだかそんなやりとりもむず痒く、嫌な気持ちにはならない。


ふわふわと雲のベッドで寝ているかのような心地良さで、これが……幸せなのかと、噛み締めていた。




彼氏、なんてこれまで考えても来なかったけれど。


なんだかこれはこれで満たされて、とても……いいわね。














「というわけで、琉生と付き合うことになりました」


「…………え!?」




いつものようにお茶会セットを広げて乃々華と楽しんでいる時にその話をぶち込んでみると、目を大きく見開いて驚く乃々華を見ることが出来た。


どんな顔しても可愛いな、この子。




「え、お、おめでとう!!!」


「ありがとう乃々華」


「ありがとうございます」




琉生も隣で腰を折ってお堅いお礼を言う。


この口調、時々砕けるけれど、基本的にはお堅いままなのよね。




「え、世話係はどうするの?継続……?」


「この通り、学生のうちは継続するみたいよ」




琉生の淹れた紅茶を飲んでリラックスタイム。


今日も爽やかな風が吹いていく。


お茶会日和ね。


口元に近付けるカップから香る紅茶の香りが、ゆったりとした気持ちにさせてくれる。


このいちごのフレーバーもいいわね。




ママにもパパにも、琉生と付き合ったことは電話でお伝えしたわ。


二人とも琉生の気持ちは知っていたようで、ずっと応援していたそう。


ウチがどれだけ鈍いことかと嘆いていたけれど、あんなんじゃわからないと言い返しておいたわ。




最初は琉生の好意も、妹のように感じているんじゃないか?なんて見守っていたようだけれど、それがどうやら本気らしいぞと気付いたのが、ウチが高校に上がってからのことだったらしい。




琉生は学生時代にもウチの世話係をしていた訳だけれど、その頃は朝と夜だけウチのところに来ていて、お弁当も琉生が作ってくれていた。


それ以外は琉生は高校大学と通っていき、就職はウチの世話係をそのまま専属で続けている。




元々、琉生は身寄りがなくなってしまってからウチに来た子で、高校も大学もウチの近くで借りたアパートから通っていた。


なので、うちのすぐ近くに住んでいたので、働きやすかったのだ。




現在でもウチが一人暮らししたマンションに住んでいるのは、そういった名残。




「ところで舞耶お嬢様、一人暮らしはさぞかし寂しいことかと思います。そろそろ一緒に住まわれますか?」


「………………なにをほざき始めたの?」




それは、急な話であった。


…………え、急よね?


ウチからしたらついこの前付き合ったばっかりだと思うのだけれど。




「ちなみにわたしは毎晩寂しすぎて早く目覚めてしまってから、朝食のお支度をしに舞耶お嬢様の部屋のキッチンに入っております」


「変に手の込んだ朝食だったのはそのせい?」


「舞耶お嬢様もさぞかし寂しいかと思います。ので、ぜひ一緒に」


「まって、展開が早すぎてついていけてないのよ」




しかも乃々華のいる前でそんな話することないじゃない!?


何言い出してんの!?




「乃々華は何を見せられているんだろう?」


「乃々華、違うの、こいつ距離感がおかしいだけだから」


「舞耶ちゃんが幸せそうなのは乃々華も良かったと思ってるよ。応援してる。色々大変そうだけど頑張ってね」


「の、乃々華〜〜〜!!!」




愚痴がたくさん生まれるかもしれない。


この変態公認ストーカー琉生と一緒にずっと過ごしていくなんて、安心な反面ムカつくこともきっとたくさんあるわ。


ウチだって人間関係が苦手だもの、つい言い過ぎたことを言って自爆することもあるかもしれない。




……と考えると、酷く怖いわね。




「たくさんご迷惑かけるかもしれない!!主に愚痴で!!」


「いいよ〜またパジャマパーティーしようねぇ」


「天使っ!!!」




乃々華は今日も天使スマイルでウチのことを受け入れてくれた。




「あ、そういえば」


「どうしたの?」


「乃々華、今度ママに……会って欲しいんだけど……」




って、彼氏を紹介するってわけでもないんだから、そんな改まって言うことでもない気もするけど……。


それは、この前ママとの電話で話されたこと。


あの後メッセージでも催促のメッセージが届いたわ。


どんだけ心配症なのよ、まったく。




「舞耶のママに?」


「うん……来月の休みが取れそうだからって、友達紹介しろって言われてて…………」




実は、その乃々華が友達になる前に約束させられてたんだけど……とはさすがに言えない。


けど嘘は本当になったぞ、ママ!!




「うん?いいよ〜。日が合えばいいねぇ」


「ありがとう乃々華っ!!」




というわけで見事!目標達成した舞耶であった!!


よかった〜〜〜!!!




でもごめん乃々華、たぶんママの中で物凄くハードルが高くなってしまっているかもしれない……。




それからちょっとだけ不安が込み上げてくる。


乃々華はウチと友達で、これからもいてくれそうだろうか?と。




「乃々華、舞耶嫌なところない?威張ってるように感じないかな?」


「別に……堂々としてるって感じるかなぁ。舞耶はカッコイイって乃々華は思うよ。助けてくれたしねぇ」


「!!!ウチは乃々華のことめちゃくちゃ可愛いと思ってるよ!!!」




友達同士でギューっと抱き着いていると、これもまたいっぱいに満たされた。


そんな上から頭をポンポンと撫でてくる人がひとり。




「お友達と仲良くしていらっしゃる舞耶お嬢様もまたお可愛」


「空気読め?」


「コホン…………ではまた後でお伝えいたします」




後でなに言う気なんだ……と思うけれど、いつも通りのことなんだろう。













「舞耶お嬢様、今度こそしっかりとしたデート、いたしましょう」


「……?いつものお出かけとは違うの?」


「これまではお嬢様が自覚なさっておりませんでしたので、改めて。……わたしはいつもデート気分でおりましたがね」


「何ひとりだけデート気分楽しんでるのよっ」




そう考えてみると、家にいる時もお家デート、帰り道も放課後デート、遊びに連れていく時も普通にデートだったとも言えなくはないかもしれない。


なんだか琉生とは気持ちの差以上に、時間の差もあるような気がしてくる。


想い続けて来た時間の長さの違いを感じてしまう。




「これからは……もっと琉生を知っていくつもりでいるわ」


「わたしは今でも十分なほど知っておりますが、新たな面もたくさん見せていただければと思います」


「新たなって……」


「キスの先、とか」




ふっと余裕そうに笑う琉生に、顔を真っ赤にしてポカポカとその胸を殴る。


変なこと言わないでよねっ!!もう!!




「ばぁーーーーかっ!!変態っ!!」


「ふふっ」




ちょっぴり意地悪が出てきた世話係との、新たな関係にステップアップ。


これからも、ウチだけの知る琉生をたくさん見せてよねっ。






片恋フレーバー / end.

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