魔王転生奮闘記〜ゲームの魔王に転生したら、追放された聖女を保護したので復讐を手伝おうと思います〜

肩こり

プロローグ

「ようやく追い詰めたぞ、そろそろ死ね」


人類の希望である勇者がとうとう魔王の城、その最深部へと辿り着いた。最深部は本当に何もなく、ただ殺風景な空間が広がっているばかりだ。


「なんだ……なんなんだお前達は……なぜ、なぜ私たちに牙を剥く? なぜ……私の仲間達を……私の愛する者を殺すんだ……我々が貴様ら人間に何かしたか? ただの一人でも殺したか? 何故貴様らはかつての戦を再び繰り返そうとするんだ?」


魔王は未だに戦う理由がわからなかった。彼はあまり戦いを好む性格ではなく、人類種との戦争にも嫌気が差していた。


「王の命……そして神託が下ったんだ。魔族を滅ぼせと……そうしないといずれ人類に牙を剥くとな。後はそうだな……楽しいんだよ、魔族を嬲り殺していくのがな!」


「クズめ……どうやって死にたい?」


いくら温厚な魔王とはいえども、勇者の言動を見ていると怒りが沸々と湧いてくる。それと同時に魔王は理解した。勇者は必ず殺さなければならないと。勇者を消せば戦争は終わるということを。


「ははは……いいもんを見せてやるよ」


勇者はそういうと、おそらくスキルであろう亜空間に手を突っ込む。すると中から出てきたのは……


「ホロっ!?」


魔王が愛した者、ホロであった。すでに勇者に殺されたと思っていたホロが生きていたことで、魔王の目は少しだけ光が戻る。


「こいつは便利だったぞ? 持ってるだけで魔物が寄ってくる……お陰でたくさんの魔物を倒せたな。そして後は……お前の心を壊せる」


下卑た笑みを浮かべそう言うと、勇者は腰に刺してあった聖剣を抜く。


「ホロ……よかった……!」


しかし剣を抜いた次の瞬間、ホロの身は既に魔王の手の中にあった。


「やれ」


その姿を見た瞬間、勇者が静かに呟く。


「はな……れて……」


魔王の耳に今にも消え入りそうな声が響く。すると次の瞬間、先程ホロが出した声とは打って変わって、耳を劈くような轟音が辺り一体を包み込んだ。


「はは……はははははっ! 魔王もちょろいもんだなぁ!! 一度敵の手に渡ったものがそのままで帰ってくるわけがないだろ!」


あまりに作戦がうまくいき、勇者は思わず高笑いする。


「ホ……ロ?」


轟音が止んだ後に響いたのは、勇者の笑い声、それから魔王の出す、絶望し切った声の二つだけだった。


「チッ……生きてやがったのか。大人しく死ねよゴミくずが」


流石は魔王というべきだろう。あの爆発の中心にいたというのにも関わらずまるでダメージを負っていない。完全に無傷だ。


「ホロ……!? 嘘だろ……嘘だって言ってくれ!」


その手に残されたのは深く蒼い輝きを放つ美しい宝石。サフィア族であるホロが生きた唯一の証である。その美しい宝石サファイアを握りしめて必死に願う。


「無様だな、そいつは死んだんだよ。さっきの爆発、あれの爆発元はそいつだぞ? 生きてたならお前の靴をなめて土下座してから死んでやるよ」


そう言って悲しんでいる魔王を勇者は嘲笑した。しかし一切の反応を示さない魔王にむかついたのか、膝から崩れ落ちている魔王に襲いかかる。


「死ねっ! 崩剣!」


崩剣ーー聖剣を持つ勇者が使う技の一つだ、聖剣から発せられる聖なる魔力を、相反する魔力を持つ魔族へと流し込むことで魔族の体を崩し絶命させる無慈悲な技である。魔王が崩れ落ちているところに攻撃を入れたことで、魔王城の一部が崩れ落ち、土煙が辺り一帯を覆う。


「これで終わりだ! 愚かな魔王よ! ……それにしても神託だのなんだのは嘘っぱちかよ。こんな雑魚が人類の脅威になんてなるわけないだろ」


完全に仕留めたと見て、勇者は悪態をつく。国王に、それから神託を下したという神に心からイラついていたのだ。彼は重度のバトルジャンキーであった。魔王との戦いを楽しみにしていたのだ。それがまるで相手にならない、故にイラついていた。


「おい、どうやって死にてえ?」


声が聞こえた、勇者が二度と聞くはずのない声だ。振り返るとそこには怒り狂いとてつもない魔力で辺り一帯を覆いつくす魔王の姿があった。


「っ……! な……なんだお前……っ!?」


「ホロに……そしてレオンに手を出した罪をその身で贖わせてやるよ」


多重人格、これが魔王レオンの正体である。

 レオンは魔族の中でも極めて多い魔力量、そして希有な魔力をもって生まれた。力こそが正義であり、また全てだった魔族がレオンを見逃すわけもなく当然魔王に抜擢されることになる。しかし、彼が生まれ持った性格は温厚なものであった。虫の一匹を殺すことすら躊躇してしまう、そんな彼に戦時真っ只中の状態で魔王など務まるはずもなかった。そこで生みだされたのが、冷徹かつ残忍な性格を持つもう一つの人格であった。名をレイという。

 レイにとっては人間を殺すことなど虫を踏み潰す程度の痛みしかなかった。人間を何人殺そうと心など痛まないのである。


「早くかかって来いよ、先手はくれてやるから」


勇者を軽く挑発する。しかし勇者はがとった行動は、攻撃などではなく逃亡であった。魔王の圧倒的な魔力を直に受けて、生物としての生存本能が逃亡を訴えかけていたから。目の前にたたずむなにかには決して勝てない、生物としての格の違いを見せつけられたのである。


「おいおい、逃げんなよ。悲しくなっちまうぜ? それに言っただろ? お前が犯した罪をお前自身をもって贖えってな」


魔王は速かった、ただただ速かった。追いつかれた途端に勇者は悟った、己の運命を、これから己が辿るであろう道を。


「ーーっ! た、頼む、待ってくれ!」


追いつかれた勇者が反射的に行ったのは、命乞いであった。両方の掌をしっかりと地面にくっつけ、屈服したというような姿勢をとる。いくらバトルジャンキーとはいえ、死の恐怖には勝てないらしい。


「くはは……無様だな、お前は死ぬんだよ。それもただ死ぬだけじゃない。苦しんで苦しんで苦しみぬいた挙句にな。せいぜい絶望しながら死んでくれよ?」


己の分身であるレオン、そして彼が愛するホロにまで手を出した勇者がレイに赦されるはずがなかった。


「さて、せいぜい楽しませてくれよ?」


そう言ってレイは不敵に笑った。

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