強欲のライハーゴ〜追放先で手に入れた伝説の機体で、ギャルと一緒に成り上がる〜

伊乙志紀(いおつ しき)

プロローグ

 それは清々しいほどの晴天の日に行われた。

 天井が空いたすり鉢状のドームは、中央の決闘スペース以外すべて原住民で埋め尽くされている。観客席にはオーク、ケットシー、ドワーフ、セイレーン、グリーンマン、オーガ、サイクロプス、ハーピィ、リザードマン……様々な種族たちが集い、中央に立つ2つの人影に向けて声援を送っていた。


 向かい合うように立つのは、人型の巨人。巨人は白と黒の対象的な色をしていた。

 おおよそ8メートルほどの体躯はゴムのような材質で出来ており、表面は鈍い光沢を放っている。ちょうど人間がラバースーツを着込んでいるような見た目だ。

 巨人の胸、腰、肩、脛から脹脛にかけては鎧で覆われている。頭部にも兜を装着し、顔面は仮面で覆われている。更に背中には大きな長方形の箱を背負っていた。

 2体の巨人――祭器ザインと呼ばれる人型駆動兵装は、人間が操縦する。背中の背部ユニットはコクピットで、そこに操縦者が搭乗している。

 だが、2体の祭器のうち黒色の機体の方が、背部ユニットが大きい。

 なぜならその機体は、操縦者が二人いる。自然とコクピットの面積も大きくなってしまう。そのせいでどこか歪なシルエットをしていた。

 機体の名は、ライハーゴ。搭乗するは、異世界から召喚された青年と少女。


『さぁ今大会もついに決勝戦です! どちらが勝利を手にするのでしょうか!?』


 観客席の一角に設けられた実況席では実況兼司会者の猫人ケットシーがマイクを持って叫ぶ。煽られるように観客席からも一際大きい歓声が上がる。

 対象的に、ライハーゴの背部ユニットの中は、静かだった。


「ようやくだね、ちかっち」

「うん……絶対に勝とう」


 ライハーゴの背部ユニットコクピットは狭い。前部座席に座るは金髪の少女、そのすぐ後ろの後部座席に座るのは二十代の青年で、互いの距離はかなり近い。後部座席の男の股の間に、前部座席の背もたれが来ているくらいだ。

 はじめは緊張したその距離感も、この数ヶ月ですっかり慣れてしまった。

 そしていつも、機体操縦を担当する女子高生――中村奈月なかむらなつきの掛け声から始まるということも、誓道の体に染み込んでいる。


『それでは決勝戦――開始!』

「いくよ!」


 奈月がフットペダルを踏み込む。ぐんと操縦席に押し付けられるような横向きのGがかかる。同時に後部座席の男――星野誓道ほしのちかみちは、装着した額当てを通じて思念イメージを送った。

 祭器の人工筋肉――通称エリキサを、脚部に集めるイメージを描く。祭器の体躯を構成している人工筋肉は誓道のイメージ通りに脚部へと集まる。筋肉量が増えることで機体の移動速度は増し、グングンと白い祭器へと肉薄する。

 奈月が二本の操縦スティックのボタンを連打した。それは祭器の動作モーションを呼び出す指示だ。

 黒い祭器、ライハーゴは腕を大きく振りかぶって正拳突きを放つ。

 ほぼ同時に誓道が思念を送る。ライハーゴの人工筋肉が移動し、右腕が大きく盛り上がった。


 祭器の機体操縦は、操縦桿を使ってマニュアルで動きを指示する方式と、思考で人工筋肉を操作する方式の2つを使う。複座型であるライハーゴは、マニュアル操縦を奈月が、人工筋肉操作を誓道が担当している。

 二人の息のあった攻撃は白い祭器を完璧に捉えていた。

 ――はずだった。

 次の瞬間、白い機体がかき消えた。

 土埃を殴るだけに終わった奈月は、即座に頭上にカメラ視線を向ける。雲一つない真っ青な空の中を、白い機体が悠然と浮かんでいた。相手機体の太ももは極端に膨らんでいる。あの一瞬で人工筋肉エリキサを脚部に集中させ、大きく跳躍して攻撃を回避していたのだ。


「さっすがナンバーワン……!」


 奈月が畏怖と興奮を混ぜながら薄く笑う。「くるよ!」後ろから誓道が注意を促す。

 落下し始めた白い機体が腕を振り絞った。その位置からでは攻撃など届かない。

 だが、祭器には届かせる術がある。

 白い機体の腕が

 人工筋肉は搭乗者が思い描いたイメージ通りに動く。腕の筋肉を手の先から放出するイメージすらも実現してしまう。

 奈月はフットペダルとスティックのボタン操作を組み合わせ、ライハーゴを横っ飛びに回避させや。一直線に空を滑る腕は地面に着弾し、また勢いよく縮み始める。


「こっちも! 延伸攻撃ブラスター!」


 奈月が指示しながらボタンを連打する。誓道は腕が伸びるイメージを念として伝える。ライハーゴが振り放った拳は一直線に空中を突進した。

 着地寸前の白い機体に拳が迫る。空中で逃げ場のない白い祭器は、しかし脚部に人工筋肉を集中させて、伸びた腕を蹴り飛ばした。誓道が腕を縮ませている間に、奈月がフットペダルを踏み込む。

 誓道は、。彼女の次の行動は高いレベルで予測できている。言われなくても奈月が何をしたいのか、どうしたいのか、深いところで理解できている。

 自分と奈月は二人で一つという感覚だった。

 

 突進したライハーゴは手刀を放つ。白い機体は首を傾けて回避。そこから回し蹴りを放ってきた。

 屈んで回避したライハーゴだが、追撃する前に左フックが飛んでくる。避けられずガード。受けた瞬間に衝撃で背部ユニットが揺れた。だが、腕に人工筋肉を集中させて防御力を上げていたおかげで、ダメージはそこまでではない。

 体勢を崩した黒い機体は、即座に横っ飛びした。直前まで居た場所を、白い祭器の伸びた腕が抉っていた。

 奈月はライハーゴを敵に接近させながら、器用にスティックのボタンを連打する。コマンドに従ってライハーゴは右の正拳突きを放つ。白い機体は即座に反応。正拳突きを防御しつつ横にいなした。

 ライハーゴの攻撃は終わっていない。立て続けに攻撃を打つ。奈月は先の先まで読んで複数の攻撃パターンを入力していた。もちろん誓道の思念も完璧に追随している。

 連撃が白い機体を襲う。

 が、それすらも相手に防がれていく。

 どの部位に向けられた攻撃なのか完璧に読み切り、防御された。しかも受ける際に人工筋肉を集中させて防御力も上がっている。当然そこまでのダメージは与えられていない。

 すべてのコマンドを出し切ったライハーゴが一瞬硬直。その隙を狙うように白い機体が拳を放つ。

 フェイクにかかった。

 わざと攻撃を打たせるタイミングを作っていた奈月は、敵の攻撃に合わせてコマンドを打っていた。ライハーゴの掌底が相手の拳を弾く。人工筋肉の量は相手を若干上回っていたため、よろけたのは白い敵機の方だった。


「くらえ!」


 奈月が叫び、コマンドを打つ。ライハーゴの高く上げたかかと落としが振り下ろされる。

 直撃の瞬間、誓道は目を見開いた。

 白い機体の腕が真横に伸びている。いつの間に?

 かかと落としは地面を叩き割った。

 白い機体は、闘技場の外壁まで移動していた。外壁に突き刺さっていた腕を何事もなかったのように引き抜き、悠然と大地に立つ。

 相手は、伸ばした腕を外壁に突き刺してすぐに収縮させることで、瞬間移動のように外壁まで逃げたのだ。


『ごっ――互角! なんと前大会優勝者と互角です!』


 ケットシーの叫びと共に、闘技場に再び歓声が沸き起こる。

 対象的に、ライハーゴのコクピット内は静かだった。緊張が急速に高まり、誓道も奈月も冷や汗を流す。


(いまのが互角? そんなわけない……!)


 誓道は喉を鳴らす。

 白い機体の腕は、気づいたら壁に突き刺さっていた。あの攻撃中のどこで繰り出していたのか、誓道はまるで気付けなかった。おそらく奈月も同じだろう。

 しかも相手は、回避ではなくカウンターに使うことだってできたはず。わざわざ距離を取った理由は測りかねるが、それだけ余裕だとも言える。

 対するこちらは全力。奈月も自分も全力でぶつかったからこそ、そこにある差に愕然としている。


「――ははっ」


 前部座席から笑い声が漏れた。奈月はスティック型の操縦桿をギュッと握りしめる。


「いいね……倒し甲斐あるじゃんっ!」


 後部座席に座る誓道の位置からは、彼女の表情が見えない。

 けれどきっと、不敵に笑っているはずだ。

 奈月はいつもそうだった。絶望的な場面でも諦めることはなく、立ち止まることはなく、なんとかなると笑っていた。辛くて泣いたり、失敗して落ち込むこともたくさんあったが、彼女が心折れることはなかった。そんな姿にずっと支えられてきた。

 二人乗りのライハーゴは、一人乗りよりも欠点が多い。それでも奈月とパートナーを組んだからこそ、ここまで勝ち進むことができた。

 誓道は目を閉じ、深呼吸する。これまでの体験が走馬灯のように駆け巡る。

 自分たちの出会いはほとんど、偶然から始まった――。

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