第10話 転送先、待ち受けていたのは

 * * * * *



 転送先が安全とは限らない。

 私は移動完了と同時に防御障壁を展開する。

 ズンっと重い衝撃。

 障壁のおかげで直接身体にダメージが入るのを避けることはできたが、咆哮が衝撃波を生んだのだと気づいたのはそのあとだった。


「次、くるぞ」


 ルビが合図を送る。彼が踏み切ったのに合わせて彼自身に強化術を施し、同時に複数枚の防御障壁を展開。魔物の位置を確認した上で私も移動する。


 ――ここはどこで、誰の班だ?


 索敵を開始。

 今視界に入っている魔物は一体だが、他にも複数……二体はいるようだ。左手に崖、右手に深い森。この瘴気の濃さは身体を痺れさせる。


 ――ウチ部署の班じゃない? いや、ここは。


 場所に心当たりがあった。


「移動する。跳ぶぞ」


 施設が見えるはずだと直感したところで、ルビに小脇に抱えられてしまった。許可する前に高く跳躍。地面が遠くに見える――と思えば、そこが抉れて穴ができた。


「え、強すぎじゃね?」

「俺たちだけでどうにかなる相手じゃなさそうだ。早く合流しないと」


 目で探すのは難しい。術の索敵範囲を広げる。何かが引っかかった。


「右に跳んで」

「了解」


 空中に足場を作って蹴り、方向を変える。

 衝撃波が掠めて、防御壁が一枚削られる。

 降り立った先には――


「やあ、おふたりさん。だいぶ困った事態になっててな」


 そこにいたのは、虹の輝きが混じる真っ白な衣装を血に染めたオパールだった。


「相棒は?」


 オパールは首を横に振る。それは仲間の死を意味していた。


「……はぐれただけなら良かったんだがな」


 魔物が私たちを探しているのがわかる。情報の撹乱のために気配を打ち消す術を展開。離れた場所に廉価版の鉱物人形を喚び出して適当に動かす。これでしばらくは時間を稼げるだろう。

 仲間の死を悼んでいる余裕などない。他者の合流がないとわかればこうするしかないのだと自分に言い聞かせる。

 私の仕事場は死と隣り合わせだ。それが嫌なら、精霊使いとなって後衛に回るべきだ。鉱物人形が破壊されることはあっても、ヒトが死ぬ場に居合わせることはほぼない。


「護送任務だったろう? どうしてこんなことに」

「閾値を超えてしまったみたいだ。それにこの瘴気……どうもよその魔物も引き寄せてしまったんだろうな」

「施設を同じ場所に置きすぎたんでしょうね」


 この近隣にあるのは精霊使いの更生施設だ。

 保護管理課の仕事は、精霊使いの体調管理や法度破りがないかの監査が中心であり、保護処分となった精霊使いを管理施設に護送するまでが業務内容に含まれている。

 オパールの班は先日保護した精霊使いの聴取が終わり、彼女を更生施設に送る任務についていた。


「施設にも戦闘要員はいただろ?」

「全滅」

「マジかよ」

「転送装置を破壊されちまって、収容者を護衛しながら逃げているんだが、まあ、そこからも魔物が生まれちまって」


 オパールは肩を竦める。


「詰んでるわね」


 ――なるほど、それでこの数なのか。


 上空から見たところ、木々が薙ぎ倒されている場所が複数存在した。収容施設のほうは煙が上がっており、戦闘の形跡が至る所に見られた。かわすのが精一杯といった印象だ。


「それでも、街に流れ込まないように結界は張ったんだから、ここでオレらが踏ん張ればいい」

「もっと応援を呼べないの?」

「施設を放棄するにしても、精霊使いたちにここを知られるのはまずいらしくてな」


 協会やこの国の秘密がそこにあるわけで、末端の精霊使いには明かしたくないということか。

 私は乱暴に頭をかく。


「強襲部隊は?」

「向かわせてるって話ではあるが、向こうは向こうでなかなか片付かないそうだ」


 暇をしているわけがないのだから仕方がない。非番の連中が来てくれれば御の字だが、期待しないほうがいいだろう。


「――で。オパールさんの怪我は?」

「このくらい問題ない」

「嘘つき。私がどれだけあなたのパートナーをやっていたと思ってるんですか」


 私が彼のマントをぐっと引っ張ってやると、カランと音を立てて左腕が落ちた。

 見ていただけのルビが小さく悲鳴を上げる。


「ほら。人間の身体と違って痛みを感じにくいらしいですが、直さないと戦えない怪我じゃないですか」

「君が乱暴にするからとれたんだろう。皮一枚でくっついていたのにさ」


 オパールが膨れる。人間であれば脂汗を浮かべているところだろうが、彼は涼しげだ。


「戦えるように修復します」


 腰につけていた箱から魔鉱石を取り出す。魔鉱石は鉱物人形を形作る主要成分であり、精霊使いはこれを使って鉱物人形を作ったり修復したりする。

 ちなみに私のような協会所属の職員の中でこれができるのはごく少数だったりする。私は精霊使いの才能を持ちながら協会所属を選んだ稀有な存在なのだ。


「てっきり口づけするのかと思った」


 準備をする私にルビが呟く。


「旦那の前ではちょっとねぇ……ってことじゃなくて、こっちのほうが私の魔力消費が抑えられるから」


 魔鉱石自体に魔力が込められており、それを利用するので消費が少なくていいのである。私自身が大容量の魔力タンクではあるのだけれど、どこで必要になるのかわからないため、長期戦用に持ち歩いているのだ。


「なるほど合理的」

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