第7話 私、白い結婚をしたいので

「それは……前に魔物に不意打ちを喰らって魔力供給が必要な状態に陥ったって聞いたから、食事中も気を抜かないようにって見張っていただけで……」


 ――護衛のつもりだった?


 心配されていたとは思わなかった。私はこれでも部署内戦闘技能ランキング上位者なのだ。相性の問題で首席になれないものの、かなり強いと自負している。あのときは運がなかっただけだ。


「……そうだったんですか?」

「じゃあなんだと思っていたんだよ?」


 そう返されるとは思わなかった。私は目を瞬かせる。


「……行く場所も特にないから消去法でそばにいるのかと。別に何か話しかけてくるわけじゃないですし、食事中に任務の話はしない主義だってことはわかっていたから、ホントなんでついてくるのかなって不思議でした」

「……そうか」


 ルビは視線を外して、頬杖をついた。


「そういうことなら、もう少し個人的な話をしてもよかったですかね。なんか無言で食べるのが習慣になっちゃっていましたし」

「無理に会話をすることはないさ。話したいことを話したいように話せれば良い」

「気を遣わせていたんですね」

「勝手にやっていたことだ、気にするな」


 ちょっと拗ねてる気がする。


 ――まあ、鈍いからなあ、私。感情の機微がわからないんだよね……


 魔物との戦闘が好きなのも、少人数で行動するのが好きなのも、この感覚の鈍さに左右されずに自分の能力を発揮できるからだ。


「……ふぅん」

「なんだよ」


 興味が湧いて唸ると、ルビがこちらを見た。ここぞとばかりに私は微笑む。


「それで、結婚はするつもりなんですか? 私と」

「する気がないなら、休日にこんな場所に来ないと思うが」


 呆れるような顔をした。

 私は説明する。


「断るために来たのかと。ほら、私、白い結婚をしたいので、きちんとした夫婦生活に興味がおありならフっていただいて構わないんですよ」


 律儀な彼だ。仕事の延長でここに現れてもおかしくはない。なにも告げずに欠席するような性格ではないことは、仕事で組んできたからよくわかる。

 さっさとお開きにして帰ろうかと思い提案すると、ルビは座り直して私を真っ直ぐに見つめた。真面目な顔だ。


「俺は、白い結婚で構わない」

「でも、ここで私と結婚をしたら、性生活におけるパートナーを変更できなくなってしまうんですよ、制度的に。良いんですか?」

「じゃあ、俺からも尋ねるが」


 ルビは私の鼻を指さす。


「君が望んだのは仕事を続けることなんだろう? できる限り現在と同じように誰からも干渉を受けない生活を願っているのではなかったのか?」


 この様子、どうもルビは乗り気らしい。


 ――え、本気?


 現在の仕事のパートナーであり、今後もしばらくは一緒に組むことになるだろう。

 ちなみに結婚をしたらその相手と仕事をすることになると聞いている。ルビはパートナーとして優秀なので、私はありがたいくらいではある……けれど。


「え、まあ、仕事最優先ですよ、そりゃあ。体質の都合もあるので、できる限り今までどおりだとありがたいんですが」

「ならば、俺でいいと思うが。なにかほかに問題があるなら言ってほしい」


 そう切り返されると、特に思いつかない。しばらく唸ってみたが、仕事をこのまま一緒に組むにしても異論はないわけで、嫌ではないのだ。


「……仕事場でも家でもずっと一緒になるんですけど、いいんですか? あと、この婚姻制度で支給される家で一緒に暮らすわけですけど、ベッドはひとつらしいんですよね。隣で寝られます? 私に触らずに、ですよ?」

「君が嫌なら、俺は別室で適当に転がっておくから気にするな」


 念のための確認も、ルビは即答してきた。あらかじめ想像して答えを考えてきたようにも見える。


「……ってか、本気で結婚するんです?」

「書類上の、だろう? 式を挙げないといけないのであれば、そのくらいは付き合える」


 任せておけとばかりに親指を立てられた。キラキラしている。

 頼もしいけれど、そうじゃない。


「たぶん、そういうお披露目はなくて大丈夫です」

「そうか」

「え、本当に私と白い結婚をしていただけるんですか?」

「そう言っているはずだが……」


 実感がわかない。なんでだろう。

 ルビはため息をひとつついて、私を見つめた。


「俺にしておけばいいんだ。それでもう結婚にまつわる話題に振り回されることがなくなるのだろう? 仕事に専念できてなによりじゃないか」

「私にはメリットがありますけど、ルビさんにはメリットがない気がして、こわいんですが」

「ああ、そういう話か」


 ルビは腕を組んで、椅子の背もたれに背中を預ける。


「この婚姻制度でクジを引かされたってことは、俺はここで君を選ばなければほかの職員にあてがわれることになる。俺の場合、前の部署にパートナーがいるから、そっちと組まされることになるだろう」


 ――前の部署……特殊強襲部隊だったっけ。確か応援で参加したことがあった気が……よく覚えてないけど。


 異動でこの部署に来たのだから、ルビに前のパートナーがいるのは当然のことである。魔力の相性を考えて組んでいるので、この制度による結婚相手として選ばれる可能性はあるだろう。納得である。

 私が頷くのを見て、ルビは続ける。


「俺としては、今の部署の仕事は好きだし、君のことも好きだ」

「ん?」

「ああ、好きっていうのは、君たちのいう恋愛感情とは違う気がするから深く考えないでもらいたいんだが、とにかく、人間として好感を持っている。これからも一緒に仕事をしていけたらいいなと考えていたところに、この結婚話がきたわけだ。だから、怖がることはない」


 ルビの説明によって、彼にもここで結婚を決めておきたい消極的な理由があることがわかった。


「……約束、守れますか?」

「白い結婚、だろう? 約束する」


 信用できる、と思う。


「一緒に暮らし出してから豹変したりしません?」

「俺の同位体はわからないが、俺は大丈夫だと思う」

「……そう、ですね。あなたは大丈夫な気がします」

「信頼関係が築けていたようでなによりだ」


 右手を差し出された。私は頷いてその手を握る。


「よろしくお願いします?」

「ふっ、どうして疑問形なんだ。末永くよろしく頼む、だろう?」


 ルビが楽しそうに笑うものだから、なんかもうそれだけでこの結婚は正解のような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る