第13話 つかまりました!

 男の視線から隠れるように追跡していくと、たどり着いた先は貧民街の倉庫のようだった。こういう時、身体が小さいと隠れやすくて便利だね! 半分自棄だけど!


 さてさて……中に入るべきか否か。さすがに中に入るのは無謀を通り越して自殺行為だよなぁ……。


(場所はわかったし、レイスくんを連れて戻ってくるか。)


 立ち上がろうとすると、肩に手を置かれた。おや? レイスくんが追い付いてきたのかな? 振り向くと、いかにもガラの悪そうな方がいらっしゃった。あちゃー、やらかしたか。


「お嬢ちゃん、どこに行くんだい?」


 実にフレンドリーな言葉と共に威圧される。体が硬直するのがわかった。


「え、えーと……家に帰ろうかなーって。」


 アハハ、と笑って躱した――躱したかった。結論から言うと、私は綺麗に手足を拘束されて倉庫に連れ込まれた。




「おい、そいつ魔法学園の制服じゃねーか。魔法封じの魔道具持ってこい!」


 「へい!」と勢いよく部屋を飛び出していく三下。命令したやつが責任者かな。一番強そうだ。

 戻ってきた三下が持ってきた腕輪を両手首に嵌められる。いやー今の私、そんなのつけなくても魔法使えませんよ。と、親切に教えてやる義理もないので黙っておく。


 辺りを見回すと女性ばかりが何人も、私と同じように転がされていた。身なりからすると、貧民街の人たちなのかな。


 人さらいは、娼館か奴隷商に売りつけるのが相場、と聞いたことがある。うへぇ。どちらも御免こうむりたい。


 レイスくんがここを突き止めてくれるのは……なさそうだなぁ。だいぶ奥まったところまで来ちゃったしなぁ。


 私の魔力が回復すれば、ここにいるみんなを助けるのも簡単なんだけど……まだ回復する兆候はないしなぁ。


 思わず途方に暮れて神竜様にお祈りしてしまった。せめて、この場に居る人たちだけでも助かりますように――できれば私も助かりますように。


 「ちゃんと見張ってろよ!」と言い残して、偉そうなやつが出ていった。それを見送った三下は、さっそく勤勉に見張りを――せずにゴロンと横になっていた。そうか。それが君なりの見張りなのか。大変そうだな責任者。


 手首を後ろ手に、さらに足首も布で縛られているので、座るのも一苦労である。が、なんとか起き上がり、攫われた人数を数える。


 とっくに日は落ちていて、明かりは入り口にあるランタンのみ。暗くて分かりづらいが、10人以上はいるっぽい。王都の治安、悪かったんだなぁ。帰ったらエルンストおじさまに文句を言ってやろう。


(「あんた! 起き上がったら目立つよ! 大人しく寝ておいた方がいいって!」)


 と、小声で隣のお姉さんが忠告してくれた。「顔も伏せておいた方がいい」らしい。


 もう少し話を聞いてみると、こういう時に目立つ行動をすると目を付けられやすいんですと。そんなことを言われてもなー。黙っていてもろくな目には会わなそうだし。


 とはいえ、確かに今、目立っても打つ手はない。大人しく横になる。


(「ねぇ、あなたの布を外せたら、私の布も外してもらえない?」)


 さっき話しかけてきたお姉さんに小声で相談を持ち掛けてみる。人が良さそうだから応じてくれそうなんだよなー。


 じっと見つめあってると、小さく頷いて手首をこちらに向けてくれた。契約成立である。


 結び目の形状を確認してから、私もごろんと背中合わせになり、彼女の拘束を解きにかかる。


 ――固い! 固く縛り過ぎでしょうコレ!


 憤りつつも、なんとか緩めることに成功する。一度緩めばこっちのもの。あっちを引っ張りこっちを引っ張りしてるとハラリ、と布が解けた。


 ちらっと見張りの様子を伺うと、居眠りをしているようだ。実に勤勉でよろしい。


 手首の拘束が解かれたお姉さんは、すぐさま私の手を自由にしてくれた。そのままお互い、自分の脚の拘束を外していく。


 アイコンタクトで頷きあい、周囲の女性たちの拘束も外していく。


 辺りを見回し、武器を捜す――あの石でいいか。


 石を指さし、二人掛で石を持ち上げ――寝こけている見張りの頭に叩きつけた。そのまま急いで見張りの手足を布で縛り上げ、猿ぐつわを噛ます。呼吸はしているので生きてると思う。死んでたらゴメン。


 扉に耳を当てる……特に気配は感じられない。ここからさきは大博打。座して死すよりマシだろう。


 ランタンを壁からそっと取り外し、扉を静かに開けて外の様子を伺う。外の見張り、なし! 運がいいなー。

 手招きをして女性たちを呼び、後からついてくるように指示する。


 勘頼みで通路を進むと出口らしき扉が見えた。足音を殺して扉に近づき、先ほどと同じように扉を開ける。夜の冷たい空気が吹き込んできた。


 付近の安全を確認すると、手招きをして女性たちを逃がしていく。何故かみんな、私に頭を下げながら通り過ぎていくのだが、そんなことをするより一刻も早く逃げてほしい。私が最後尾なので、時間がかかるほど私の危険性が上がるのだ。


 あと3人、というところで怒鳴り声が聞こえた。


(「はやく!」)


 小声で急かし、残った3人を送り出す。倉庫の奥から男たちの足音が聞こえてくる。……マズイ。このままだと彼女たち、追い付かれるな。もう少し時間を稼がないと。


 扉を閉め、ランタンを床に置き、男たちが近づいてくるのを待つ。


(我ながら、何してるんだろうなぁ……)


 手足が震えるのがわかる。怖いけど、何故かなんとかなるような、そんな予感があった。


(神竜様、彼女たちが逃げ切れるようにご加護を……)


 男たちが目の前にやってくるとともに、彼らの持つランタンで部屋が明るくなる。


 私一人が残っていることに疑問を感じ、彼らは足を止めたようだ。遠巻きに様子を見ている。


 奥から、一番偉そうな奴が男たちを割って出てきた。手に持った剣は血に塗れている。


「やってくれたなぁお前。」

「いやぁ、それほどでもー。」


 アハハ、と笑って返す。声が震えているのがばれてないといいんだけど、まぁ無理だろうなぁ。


 私は偉そうな奴の剣を指さし、質問をした。


「それ、魚でも捌いてたの?」

「あー? ……ああ、お前みたいなガキに出し抜かれた間抜けを、一匹捌いてきた。お前は……どうされたい?」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべられた。どうしてこう、品のない方々は下卑た笑いが好きなんだろうか。是非やめて頂きたいものである。


「どうされたいって言われてもなぁ……お家に帰してもらえると、嬉しいかなぁ。」


 そろそろ彼女らも逃げきれた頃か。私も隙をついて逃げ出さないと――


 一瞬の静寂の後、振り返り扉を開け飛び出した。


「逃がすな!」


 頑張って走りました。ええ。5歩くらいは走ったと思う。でも私チビなんで、大の男と駆けっこ勝負したら勝ち目がないんですね。痛感しました。


 倉庫の外ですぐに捕まり、壁に押し付けられた。叩きつけられた勢いで頭を打ってしまい、後頭部が大変痛い。コノウラミハラサデオクベキカ。


「この落とし前、どうつけてもらおうかねぇ……」


 なんだか大変不快な妄想をされている気がして、背筋に悪寒が走る。その目付き、やめてくださいほんと。


「てめぇら、大事な商品に手を出すんじゃねぇぞ?」


 偉そうな奴が三下どもをねめつけている。

 商品。商品かー。やっぱ売られちゃうのかー。どうにかなると思ったんだけど、甘かったかー。


「連れて行け!」


 改めて手首を拘束される。ピンチだなぁ。さすがに2度は逃がしてもらえない気がする。


 こういう時、物語なら――名前を呼ぶとヒーローが颯爽と助けに来てくれるんだよなぁ……。


 はて。私のヒーローって誰になるのだろう? ふっとレイスくんの顔がよぎる。


「――レイスくん!」


 力いっぱい叫んだ。叫べたことに驚きだ。だけど、その声は夜の闇に吸い込まれていくだけだった。


「なんだぁ? 彼氏かぁ?」


 三下どもの下卑た嗤いが更に卑しくなっていく。なんだか悔しくて、俯いたら涙が溢れ零れていった。

 背後で嗤う男の声が煩い。またレイスくんに迷惑かけちゃうなぁ。ごめんねレイスくん。


 と、背後の男が黙った。ドシャリと崩れ落ちる音が聞こえた。


「――ナイトだよ。」


 背後から聞こえたのは、確かにレイスくんの声だった。




 その後の展開は早かった。レイスくんは憲兵や騎士団を連れて来ていて、あっという間に男たちを取り押さえていた。


 レイスくんは、呆然としてる私の拘束を解きながら言った。


「――間に合ってよかった。」


 後ろを向いてたから、どんな顔で言ったのかはわからなかったけど、ひどく安堵した声に聞こえた。


 頭を叩きつけられたときに出血したらしく、血が滴っているのに初めて気が付いた。


 改めてレイスくんの顔を見て、ようやく――ああ、助かったんだ、と実感し、そのまま意識を失った。

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