スサノオ立志伝 ――少年期1・脱出――

明日乃たまご

第1話

 紀元1世紀、朝鮮半島内陸部のソシモリ山のふもとにイザ村があった。楽浪郡の片田舎、それも東端に位置するその村は、北から迫る高句麗こうくりや隣県の軍、ワイ族の武力集団などに襲われる可能性が高く風前の灯。若者の多くは県候に兵として徴用されたが、兵隊は県城と国境に配置されていて村は無防備だ。


 その日も村の主だったものを集めて村の今後を話し合う寄合いが開かれ、鍛冶屋を営むスサノオの父、ナギは外出していた。鍛冶屋は漢の先進文化に触れることが多いため、寄合で意見を求められることが多い。その時代では最先端技術をもつテクノクラートであった。


「留守を頼む」


 スサノオは言われたが、6歳の彼には難しい要求だった。しばらくは作業場にいて、ナギの7人の弟子が鉄を打つ様子を見ていたが、飽きて家を飛び出した。友達の家をぐるりと周り遊びに誘った。



 ナギが家に戻ったのは、日も大きく傾いてからのことだった。


 庭先に10歳のヒルコと8歳になるツクヨミの2人の娘がむしろを広げて遊んでいる。


「おとうさま、おかえりなさい」


 娘たちは礼儀正しく頭を下げた。


「ただいま。ままごとかな?」


 ナギは、並んだ土器の破片や草花の数々に視線を落とした。


「はい。私が父親役で、ツクヨミが母親の役です」


 ヒルコがはきはきと答える。


「スサノオは混ぜてあげないのかい?」


「スサノオは、すぐに逃げちゃうの」


「スサノオはおとうさんの役が下手なの」


 娘たちは要領よく応えた。


 ナギの妻はナミといって、同じ村の出身の芯が強く美しい女だ。幼いころから兄妹のようにして育ったから、お互いを信頼し合っている。


「おかえりなさい。今日はどんな具合でした?」


 寄合の話題は、しばらく前から村を捨てて避難すべきかどうかという話ばかりだ。


「北の街が三つほど高句麗の支配下にはいったそうだ。東のタウ村とクアイ村はワイに襲われて、住民は皆殺しになったらしい。子供まで殺されたそうだ」


「なんてひどい……」


「今日は結論が出たよ。村を出るか残るか、それぞれの判断に任せることに決まった」


「意見がまとまらなかったのですね」


「故郷、家族の命、財産。どれを捨ててどれを拾うと聞かれても、答えが簡単に出るものではない」


「うちは……、いえ。あなたは、どうするつもりです?」


「わかっているだろう」


「ええ。あなたは家族を大切にする人です。避難するのですね?」


「ああ。スサノオはどうしている?」


「そういえば、馬をつかまえに行くと言っていましたが」


「子供に野生馬が捕まるはずもなかろうに……、ひとつ説教してやろう。高句麗の兵やワイの山賊と出くわしてもまずい。呼んで来てくれ。私は炉の火を落とす」


 ナギは言いのこして作業場に入った。


「やれやれ」とこぼしながらナミは家を出た。空は薄らと紫色に代わっていた。


「そろそろ片づけて、家に入りなさいよ」


 2人の娘に声をかけると西の丘を目指す。


 丘の梅林を過ぎた葦の原にスサノオは遊んでいるはずだった。

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