第一話
嫁入りの時がやってきた。
チャタテ時代の「僕」の口癖が何度も出そうになった。女なのに「僕」と言ってしまうのは天邪鬼の世界では男も女も平等だったからだ。全員が「僕」なのである。
「長者様今まで育ててきてありがとうございます」
「達者でな」
「今まで機織りしてくれてありがとう。おかげでいいお金になったよ」
(皮肉が入り混じる言葉と態度だった。結局お金でしかこいつらは見てなかったのか。やっぱり噂通りの下衆だな)
馬は出発して城に着いた。城も城下もさほど大きくない。というか困窮していることがよくわかる。物乞いの姿もいる。城下に入った。武士ですら貧弱な姿だった。ろくに米がとれていないのだろう。だから田んぼよりも蕎麦麦畑の方が目立っていたくらいだ。自分の村の方がよっぽど豊かだった。
「よく来た。近うよれ」
顔を見せる。
「噂通りのなかなかの美人じゃの。しかも若い。そちは今日から側室じゃ」
「はっ」
父との会話を思い出す。
――わかっているな。わが娘よ。
――はい。
――いざという時は殺していい。
チャンスはすぐにはやって来ない。そして側室の信じられない光景を目にした。いったいどっちが鬼なのやら。
物が飛んでくる。自分の食事の中に陶器の破片が入っていることもあった。しかし、そこはさすがに鬼族。チャタテはひるまない。
とうとう陰湿ないじめを行っている女を見つけた。チャタテは女の手をひねった。悲鳴と骨音がこだました。姿と形こそ瓜子姫にはなったが力や性格までも模倣はできない。そこが天邪鬼の強みでもあり、同時に正体がばれる弱点でもあるのだ。チャタテは一人一人陰湿ないじめを行うやつを文字通り物理的にひねり潰した。場合によっては指を骨ごと握りつぶした。人間とはなぜこんなにもひ弱なのに傲慢なのであろうか。チャタテは呆れた。
いくら説明しても普段はひ弱な瓜子姫にしか見えない。城下の者に言っても信じてはもらえないようだ。もちろん目撃者がいないときにひそかに逆襲している。いじめはぴたっと止まった。
そしていよいよ城主と寝室に入った。名は
(なんておぞましい)
チャタテにとっては苦痛の時間であった。
こっそり聞こえぬように呪術を唱え始めた。この呪術を唱えるには時間がかかる。やがて城主がしびれ始める。そしてチャタテは相馬の首をひねった。鬼にとって人間の首を折ることなど容易であった。そのまま着替えて城の屋根を飛び跳ねながら城を抜け出した。翌日城下は大混乱に陥った。その混乱は長者にも伝わった。
「あの厄病神めえ!!」
「金どころか命が危ないわ!」
妻も悲鳴を上げる。
「逃げるぞ!!」
息子も即で逃げる準備をした。
こうして長者の一族は着の身着のままで馬に乗って逃げたという。城下の武士たちが来たときはもぬけの殻であった。
「む、これは!」
城下に仕える僧侶が見つけたのは呪術に使う石の破片であった。
一方……。
鬼族の村に住むことになった本物の瓜子姫。機織りならできるということで機織りを任されることになった。織物は上出来で天邪鬼らに大変喜ばれた。
天邪鬼は人間を害することもすれば逆に子供を喜ばすこともしていた。とくに泣き止まない子供をあやすなどお手の物だった。子供が虐待されているのを目撃するとこの村に連れてくる。瓜子姫から見て天邪鬼らはむしろ子供の守り神に見えた。というか私も虐待されている子だったから保護されたことを知った。父はチャタト、母はチャタモと言った。
畑や田んぼを耕し、出来たものは平等に分ける。不作の時は人間から物を盗むのだそうだ。族長といえども取り分は皆の者より多いというわけではない。なにか理想郷にも見えた。
外には結界がある。鬼族の村へは鬼と鬼に選ばれた者しか入れない隠れ里であった。外の脅威は皆無に等しかった。もちろん動物も入れない。狩りの時に結界から外に出るときは魔法の石を持つ。だからたいていの天邪鬼は石を持っている。なお、成人……つまり元服するとこの村には入れなくなる。卒業するのだ。魔法の石を返すことになる。守れないものは始末されることとなる。よってここで自立するすべも身に着けるのだ。
そんな平和の村にチャタテが帰って来たのだ。村中に歓声が湧き上がる。
「瓜子姫。もう、心配ないよ」
「お、おかえりなさい!!」
瓜二つの少女が泣きながら抱きしめあう。そして家に入ってチャタテの部屋に入った。
「もうこの姿は要らないよね」
じっと自分の分身がみつめて言う。
「もう一回言うけど、目をつぶって。元の姿に戻るから。決して私を見ないで。裸になるし」
そういうとチャタテは瓜子姫を振り向いて裸になった。チャタテが解除呪文を唱える。チャタテの周りが渦巻く。しかし瓜子姫はチャタテの手をしっかりつなぎ、チャタテの正面と向き合った。チャタテの骨格が歪み骨音を鳴らし、血肉が踊り狂い、痛みと快楽に耐えかねて目が裏返り白目を向きながら流れやがて元の姿に戻って行く様を瓜子姫はしっかり見た。見て見ぬふりをしてはいけなかったような気がした。だって、命の恩人なのだから。
「どんな醜い姿でも私はあなたの事が好き」
姿が変わっていく様を見ながら瓜子姫は言った。チャタテの皮膚が赤がかったものに戻り、黄色い角も頭頂から生えて、牙も生えてくる。変化が終わって元の天邪鬼の姿に戻ったチャタテは言った。
「お前、本当に変わってるなあ」
チャタテは泣きながら答えた。うれしくて泣いているのだ。声も変わっていた。チャタテのそれだ。久しぶりにこの声を聴いた。
次の日、チャタテは瓜子姫が暮らしていた長者の家を偵察した。誰もいなかった。荒らされた跡があるだけだった。ほっとした。きっと長者たちは逃げたのだろう。いいざまだ。だがあの時落とした石は見つからなかった。泣きながら初めてここに来たときに落としたあの結界を抜けるための石を。
(まあいいや。村に戻って石を取りに来ればいい。替りの「結界くぐりの石」はいくらでもあるし)
そのままチャタテは鬼の村へと戻って行った。刻は夕刻になっていた。チャタテはそのまま親と一緒に夕食の準備をする。
――夕食の時に大事なことそろそろあいつに話さないとな。
――やっぱ言うのか。
そして夕食の時が来た。
「なあ、お前。もう殿様は殺したからあそこには居られないぞ」
(なんて事を!!)
瓜子姫には信じられなかった。だが家族は驚く素振りも見せない。
「なんで!?」
「なんでって言われても……じゃあお前ならどうしてた?」
「私がチャタテと同じ力持ってたら……同じことするかも……」
「だからいいんだよ。汚れ役は僕で。これからも君の事守るからさ」
(ありがとう……)
「そんなことよりも、これからどうやって生きていくんだ? ここでずっと暮らすのか?」
「それもいいかもね」
「それって人間でありながら鬼として暮らしていくってことなんだぞ。俺たち天邪鬼と結婚して一生終えるのか?」
「それも……いいかもね」
「それとお前の出生の事なんだけどさ」
「チャタテ、外の様子がおかしい!」
父チャタトが戸を開いた。なんと人間たちが次々と引き裂かれた空間から出てくるではないか! 武士だ! 松明を持っている。
「瓜子姫と鬼族を殺せ!!」
「皆殺しだ!」
奇襲だった。武器を何も持っていない天邪鬼は次々殺されていった。
「チャタテ、瓜子姫と一緒に逃げろ!!」
そういった後目の前の玄関で父が殺されていった。母チャタモが武器を構え目の前の武士を鉾で刺し殺した。
「早く逃げて!!」
母が応戦している!
「父の死を無駄にしないで! それと瓜子姫、これ!!」
投げて手渡されたのはまるで猫の目のような文様の首飾り。
「お守りよ。絶対何かの時に役に立つから!!」
一瞬だけもう一回母が振り帰る。
「達者でね!」
裏口から逃げていく二人。
「殿の敵!!」
遠くから聞こえてくる悲鳴は明らかに母のものだった。空間を切り裂く呪文を唱え二人は割れ目に入る。気配で同族が同じ呪文を次々唱えているのが分かる。俺たちはうまく逃げられるのか――!?
「いたぞ~! 逃すか!!」
間一髪で空間の割れ目が閉じた。刀はむなしく宙を切った。炎が次々広がっていく。村は炎に包まれた。
やがて武士が一同に集う。
「申し訳ありません、逃しました」
「よい、この石を使っている以上追跡など容易」
頭領の横にいる僧侶が答えた。あわてて適当に呪文で行先を答えた先はなんと瓜子姫がついこないだまで住んでいた長者の家の玄関前であった。
「父と、母が……」
泣きじゃぐって拳を何度も地面に叩きつける。浅はかだった!! 人間ごときに俺たちの村なんて分かりっこないと侮っていたのだった。
「チャタテ!」
瓜子姫はただただ抱きしめた。
「大丈夫だ、そんなことより追跡される。この呪文はいざという時以外使えない。さあ、歩いて逃げよう。ここも危険だ」
泣きながらチャタテは答えた。
「わかったよ、一緒に行こう」
二人の足取りは重かった。
こうして二人の冒険は始まった。
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