雪乙女

 私が推した『雪乙女』は人間の女の子と妖怪の女の子の二人を中心とする物語だ。

 タイトル含め、登場人物の名前に関しては便宜上の仮決定だという。

 

 場面は雪山から始まる。

 スキー旅行に来ていた中学生の女の子ハルと姉のナツは両親とはぐれてしまい、吹雪の中で遭難してしまう。二人が死に瀕しているところに現れたのは、妖しげな少女。彼女は自らを妖怪・雪乙女と名乗るのだった。

 

 雪乙女はハルの命を助ける代わりにナツを見殺しにしてしまう。ハルは姉を喪い、一人で生還を果たすも涙を流すことがなかった。ハルはその一件で人としての温かさを雪乙女に奪われてしまい、涙を流せなくなってしまっていたのだった。


 次の場面は二年後。

 高校生となったハル。冷酷無情と言われるほどに、彼女は周囲と馴染めずに孤立してしまっていた。ハルは本当は優しくありたいと心では思っているのに、どうしても無慈悲な振る舞いをとってしまう。あの雪山での出来事は決して忘れがたく、いっそ姉とともにあの時……と考えもするハル。

 そんな悲哀を抱えながらも時は過ぎて、冬が訪れる。

 

 ハルは学校の帰りに公園に寄ってベンチに腰掛けてぼんやりする。長閑な小春日和に自然と微笑むことができそうと思うが、実際にはできない。

 自らの運命とあの日出会った雪乙女を呪っていると、ハルに一人の女の子が声をかけてくる。ハルは驚く。そこにいたのは紛れもなくあの時の雪乙女であったから。

 彼女はフユと名乗り、ハルに「久しぶり」と挨拶してきたのだった。

 

 激昂するハル。

 それまで冷たい憎しみが心の底を漂うばかりであったのが、フユと再会すると、熱い感情となって、憤怒をもってフユに詰め寄るハルだった。

 フユに姉と自分の心の温かさを返しなさいと脅迫(≠懇願)するハル。フユは亡くなった姉を蘇らせるのは無理だが、ハルの心を取り戻させることはできると言う。

 ハルがその方法を訊ねると、フユは自分とこの冬の間だけ友達になってほしいと言うのだった。ハルはそんなのできないとさらに憤慨し拒絶するが、フユは黙って小指をハルに向かって掲げ、必ず約束すると話す。

 この冬だけ友達でいてくれたのなら、ハルの心を元に戻すと。


 かくしてハルはフユと友達の契約を結ぶ。

 

 第三場面では彼女たちが友達として仲を深めていく様子が描写される。

 口調や呼称、距離の変化。そしてそれはハルとフユのみではなく、ハルは学校で友達ができるようになり、自分が確かに心の温かさを徐々に取り戻しているのを実感するのだ。

 そんな折、バレンタインデーにハルは友チョコをフユあてに作る。

 そして待ち合わせ場所に行くのだが、いくら待っても来ない。フユはどこに住んでいるのかをハルが訊いても、いつもはぐらかしていた。

 スマホなどの連絡手段も持っていない。ハルは裏切られた心地がしつつも、明日には会えると信じてその場を去る。

 

 第四場面は数日後。ハルは毎日待ち合わせ場所に出向くが、やはりフユの姿はない。嘘つきとなじるハル。学校で友達ができても、それでもまだハルはうまく笑えないままであったし、まだまだ冷たさが残っていると感じていた。

 

 第五場面ではハルが学校でしだいにクラスメイトと打ち解けつつも、フユがいないことを寂しく感じているのが描写される。


 第六場面で、フユを探して彷徨うハルに一人の男性が声をかけてくる。

 彼はアキと名乗り、ハルのことを知っているようだった。フユに会いたいか聞かれて、ハルは「会いたい」と伝える。

 そしてアキに連れられてとある古い家屋へと赴く。その一室にフユは息も絶え絶えにして横たわっていた。

 フユはアキにおせっかいねと言って笑いかけるが、その笑みの弱々しさにハルは彼女の死が近いのを悟る。

 

 フユはアキが妖怪の専門家で、時に妖怪と人間の橋渡し役となっているのだと教えてくれる。そんなことよりも、とハルは約束が違うとフユに訴える。冬の間は友達で在り続けること、そして心のあたたかさを全部返してくれること。それが約束のはずだと。

 そこでフユがハルに打ち明けたのは、雪乙女に特殊な力なんてないという事実だった。そしてあの雪山でフユがハルを見つけた時、ナツは既に事切れてしまっていたらしかった。あの窮地でハルは絶命しているナツと会話をしている気になっていただけだったのである。

 

 あなたの心の温かさを奪ってなどいない。

 雪乙女は誰かの心を変えてしまう力は持っていない。


 そう話すフユにハルは嘘つきと言う。

 自分が冷淡な人間になってしまったのはあの雪山での一件を通じて、心が壊れてしまうのを守ろうとした結果であったかもしれない、だから雪乙女であるフユが人の心の温かさを奪う妖怪でないのは信じる。

 けれども、自分の心はフユと友達になって変わった、だからあなたには誰かの心を変える力はあると伝えるハル。

 

 それを聞けてよかったとフユは言う。

 あの雪山に他の雪乙女はもういない。フユは孤独に耐えかねて、その命を削るとわかっていながらも山を下りてきた。最後ぐらいは人の世を見てみたいと願った。人と心を通わすのは高望みであると思っていた。アキの噂を頼りに、この町にたどり着いた、その日に公園でハルと再会したときにその偶然に心躍った。もしかしたら友達になれるかもしれないと思った。しかし現実としては怒り心頭で糾弾されて当惑した。ハルが自分のせいで呪いに縛られている、心を凍てつかせてしまっているのがわかったときに、それを溶かすのが自分に課せられた最後の使命だと悟った……。


 最後の場面。

 フユはハルの優しさを知っていると話す。ハルがどんなに温かい人間であるのかを、これまでの日々を思い出しながら語る。言い聞かせる。ハルの心は凍ってなんていない。もう温かさがそこにちゃんとあるのだと。

 泣き崩れるハルにフユは赦しを乞う。本当ならば、何も言わずに消えるつもりでいた。もう自分がいなくても、きっとハルならうまくやっていけるはずだと信じられたから。それでも誤解されたまま別れるのがつらくなってしまった。もう一度会いたいと思ってしまった。きちんとお別れを言いたいと願ってしまった。アキはお節介にも、いや、それが彼の仕事だと言わんばかりにもう一度二人を引き合わせた。

 

 ハルはアキに言う。何か方法はないのか、雪山に帰してあげることは無理なのか。アキは黙って首を横に振る。フユは力なく笑う。誰もいない雪山になんて戻りたくない。最期はあなたの温かさと共に逝きたい。そうしてユキはハルに最期のわがままを言う。どうせなら、湿っぽいのは嫌。お互い、笑顔でお別れしようと――――。





「この物語だと、シノちゃんの演じるヒロインってどっちなのぉ?」


 小首をかしげる宮尾先輩に、私と藍沢さんは顔を見合わすと「ハルです」と揃って口にした。「おぉ~!」と宮尾先輩が感心する。ここで食い違ったらまずかったわねと冷や汗を掻く私だった。


「でも、篠宮だったら雪乙女のフユ役でもいいんじゃない? 妖艶な雰囲気、似合いそうよ」

「キャシー先輩はわかっていないですね。ええ、たしかに篠宮さんは男女問わず心を惑わす魅力のある罪深い方ではあります」

「あたし、そうは言っていないわよ?」


 まったくである。でもキャシー先輩の「似合いそう」ってのもわからない。

 妖艶……? 私が?


「ハルは篠宮さんじゃないとダメなんです。怒り、泣き、最後は笑う。そんな篠宮さんをおふたりだって見たくありませんか?」

「見たいねぇ。けど、それと適任かどうかってのはまた別問題じゃないかなぁ? あっ、ちがうんだよぉ、シノちゃん。反対しているんじゃないのぉ。シノちゃんにはハルもフユもどっちもいいなぁって。そう思っただけ」

「篠宮さんが分身してくだされば、二役ともいけるんですが……どうですか?」

「できないわよ。忍者か」


 私は藍沢さんから離れて、元の椅子に座り直す。


「六つの中だと比較的地味な話ではあるわよね。ええと、世界設定を基準として」

「キャシーちゃんは、ファンタジー世界で王子様とのラブロマンス、みたいなの好きだもんねぇ」

「はぁ!? す、好きじゃないわよ。最近、異世界モノが流行っているから、その手のやつ、多く見聞きするってだけで。こいつらいっつも婚約破棄されてんなとか思っているだけだから!」


 なんだろう。凄腕の結婚詐欺師が登場するお話なんだろうか。


「さて――――それでは、わたしはこの『雪乙女』で台本を書いていくことにします。ありがとうございます、篠宮さん。選んでくれて」

「選んだだけでしょ。力になれる保証はないけれど、協力できそうなことがあれば言って。前に話していたテスト勉強の件ぐらいなら付き合うわよ」

「おはようからおやすみまで付き合ってくれますか?」

「それは無理」

「藍沢、フラれてやんの。ウケるわね」

「いいんです。わたしには雪乙女と違って時間がありますから。それはそうと、キャシー先輩は何の用で部室に来たんですか?」


 台本候補決めが一段落したのもあって、藍沢さんが話題を変えた。


「宮尾に会いに来たのよ」

「えっ!? あ、あの、キャシーちゃん。えっとね、気持ちは嬉しいけれど、お友達からでいいかな?」

「キャシー先輩、フラれてしまいましたね」

「べつに愛の告白じゃないわよ!!」

「となると、キャシー先輩の用件は……推理していいですか」

「しなくていいから」


 私が止める。どうせまたろくでもない妄想なりこじつけが展開されるだけだ。藍沢さんとキャシー先輩がああだこうだとつまらぬ諍いを繰り広げる様をまた目にしたくない。だって、キャシー先輩、目つき悪いし。


「宮尾さ、ストレッチやヨガのやり方に詳しいんだって? あたしのクラスのやつから聞いた」

「うん、そうだよぉー。今さっきまで三人でしていたよぉ」

「あれ、キャシー先輩は知らなかったんですか。宮尾先輩がそういうのに詳しいって。同じ演劇部員なのに」

「篠宮、あんたまでキャシー呼びなの……」


 そこはスルーしてくださいよ。いいじゃないですか、可愛いですし。というのを私は目で示した。

 

 話を聞くと、先輩ふたりが一年生の頃の演劇部の活動には、決まった準備運動があって、それは宮尾先輩が先ほど私たちふたりに教えてくれたのとは全然別らしい。

 言ってしまえば、形だけの準備運動で、体育の時間の最初に行う運動から、さらに一部を端折ったものである。宮尾先輩としては、演劇部のウォーミングアップに最適とは思えなかったらしく、機会があれば見直したいと考えていた。

 しかし実際には、部の活動自体が減衰の一途を辿り、彼女がそれを部員に共有するチャンスはなかなかめぐってこなかった。


「それでどうして、キャシー先輩は今日になって宮尾先輩からストレッチやヨガを?」

「え? そ、それはその…………」

「篠宮さん。察してあげてください。キャシー先輩は着やせするんでしょう。つまりそういうことです」

「あっ……すみません」


 直後、怒ったキャシー先輩を宥めつつ、宮尾先輩が手とり足とり教え込んでいた。キャシー先輩は着替えを持ってきていなかったので、宮尾先輩がして見せたり、藍沢さんを使ったりした。

 宮尾先輩がキャシー先輩のお腹まわりに触れた時に「細っ……るるに喧嘩売ってんの」と小さく声を漏らしていたのは忘れることにしよう。

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