祖国、イギリス王国
リーア
使命
死の鉄塊が大地を、数時間前に話していた仲間を抉っていく。
私はリー・エンフィールドの引き金を引いた。
1939年9月1日 ナチスドイツがポーランドに侵攻したのを発端にヨーロッパで戦争が始まった。
その後大日本帝国がイギリス帝国、オランダ王国の植民地、オーストラリア、真珠湾を攻撃。
世界は戦火に呑まれた。
始めはナチスドイツ、イタリア王国、大日本帝国を中心とした枢軸国が優勢だったが、次第に追い詰められナチスドイツが降伏し、終戦まであと少しと誰もが思った頃だった。
薄暗い部屋の中、部屋にいる赤子以外の全員がラジオに耳を傾けていた。
「昨日の午前2時41分、アイゼンハワー将軍の本部で、ドイツ最高司令部の代表であり、ドイツ国家元首であるドニッツ大提督の代わりであるヨードル将軍は、すべてのドイツの陸、海、空軍の無条件降伏に署名しました。」
チャーチル首相の声で告げられたナチスドイツの降伏に、シスターは歓喜の涙を流していた。
赤子はシスターの腕の中で微睡み、子ども達は訳が分からなさそうにシスターを見ていた。
「私達がナチスドイツに勝ったんだよ。」
「ついに勝ったんだね!」
私がラジオの内容を教えると子ども達はとても喜んだ。
お下げの少女は嬉し泣きを、金髪の少年は教会の中を走り、ダークブラウンの目の少年は踊り出した。
街ではラジオを聞いた人々が歓喜の声を上げ、ビールを浴びて、抱き合って、泣き崩れていた。
私は彼らを横目にラジオを聞いていた。
「神よ国王を守りたまえ!」
チャーチル首相の話が終わる頃には、教会に私とラジオだけが取り残された。
張り付けにされたイエスキリストに後光が差し、私を見下ろす。
「あなたは私に何を求めてるの?」
私の問いは届いているのだろうか。
畏怖を含んだ冷たい声は響き、空虚な空間に溶けていく。
ラジオから気分を高揚させるラッパや、バグパイプの音が流れ高らかな声で男性が宣伝する。
「少年兵を募集中!偉大なる祖国、イギリス王国に尽くし、立派な大人になる機会!18歳以下の志願者はお近くの軍部まで。」
第一次世界大戦により減少したイギリス軍は、今回の戦争でさらに減少していた。
国防義勇軍も同様に減少し、海外派遣軍が帰還するまで国内の警備は手薄だった。
私は少年兵に志願することを決意した。
私は熱心な愛国者ではないが、この国が好きだ。
祖国を失いたくない思い、そして近い内に私は教会を出て労働しなければならない、という問題を解決するにはうってつけだった。
教会の外では空腹も口渇も忘れ、人々は歓喜と手を取り合い踊っていた。
日が暮れ、夕飯を食べるため家に帰る人もいたが、興奮は冷めるどころか熱を帯びていく一方だった。
シスター達はイエスキリストに祈りを捧げ、夕飯に手を付ける。
たった一つのパンとスープが、外から聞こえるメンデルのハレルヤによって神聖で高貴な食事に感じた。
演奏は終わりを知らず、次々と奏でられていく。
微睡みの中聞こえたのは、勇敢なるスコットランドだった。
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