第38話 下界の話と精霊王のところへ

「たとえばこのハンバーグサンドは、中に挟まれてるハンバーグ、野菜、ソース、それから挟んでるパン。これらに分けて作るんだよ」


 その言葉を聞いた皆は、分けて作るという言葉がよく理解できないのか一斉に首を傾げた。そんな皆に苦笑しつつ、私はパンを開いて中を皆に見せる。


「まずパンは一番外側のやつね。これは小麦っていう植物を採取して、さまざまな工程を経て粉にするの。そしてその粉を卵っていう動物が生み出すものや水と混ぜて練って、それを焼くとできるんだよ。この茶色のやつがハンバーグで、これは動物の肉を細かくして、さまざまな香り付きの香辛料で味付けして成形して焼くの。野菜は植物を洗ってそのまま、ソースもいろんな植物や動物の部位を火にかけて作るんだよ」


 詳しいことを伝えても理解してもらえないだろうと思って、たくさんの工程が必要だということが分かってもらえるように説明すると、三人は顔を驚愕に染めた。


『そんなに大変なの……?』

『それを食べるために、どれほどの時間をかけるんだ?』

「うーん、食材を育てるところから考えたら一年がかりかな。動物を育てることも考えたらもっとかも」

『マジかよ。そんなにしないと食べられないなら、食べなくていいんじゃね?』

「人間は食べないと死んじゃうからね」


 その前提も知らないのかということに少し驚きながら伝えると、私以上に三人が驚いたようだ。


『食べなきゃ死ぬって、どういうことだ……?』

「人間は水を飲まないと約三日で、食べ物を食べないと約一週間で生命維持が難しくなるの。だから食べ物を作るのは人間の必須事項なんだよ」

『人間って、大変なのね……』

「精霊は凄いよね。そういえば、精霊に寿命ってあるの? あっ、寿命っていうのは命が自然と尽きる時のことね」


 フェリスが歳を重ねた精霊だとしたら、もしかしたらお別れも近いのかと思ってそう問いかけると、三人は首を横に振った。


『精霊は自然に命が尽きるなんてことはないぜ』

『生きるのに疲れたら自分から輪廻に向かって、また精霊に生まれ変わるのよ。記憶は引き継げないのだけど』

『たま〜にずっと生きてる精霊がいるよ〜』


 精霊ってそんな存在なんだ……やっぱり根本的に人間と違いすぎる。でもフェリスが寿命でいなくなっちゃうことがないのは凄く嬉しいな。


「どのぐらい生きてる精霊が長生きなの?」

『う〜ん、一万年とか?』

『そうね。ただ数えるのも面倒だから適当だけれど』

『氷山にいる長老は二万年とか言ってなかったか?』

『そういえばそんな精霊がいたわね。まだ輪廻に向かってなかったの?』

『まだいるって話だぜ』


 一万年とか二万年とか、全くスケールの違う話に付いていけない。フェリスってどのぐらい生きてるんだろう。というか、精霊たちが下界から姿を消したのっていつなんだろう。


『レイラ、下界で人間はずっと食べ物を作ってるの?』


 人間は食べないと生きていけないという話からその結論に至ったらしいアンシュが、同情の面持ちで首を傾げた。


「ううん、ずっとではないよ。食べ物を作る仕事をしてる人もいれば、他の仕事をしてる人もいるの。そして仕事がない時間は遊んだりもできるよ」

『そうなのね。それならそこまで大変な生活でもないのかしら』

「うん。楽しいこともあるよ」

『人間はどんな遊びをするんだ?』


 次に質問したのはロデアだ。人間の遊びは多岐に渡るよね……


「子供たちはかけっこやかくれんぼとか、その辺かな。大人は美味しいお店に行ったり、美しい景色を見に行ったり、お酒を飲んだりするよ」

『俺たちとそこまで変わらないのか?』

「そうだね。似たようなものだと思うよ。皆ほど派手には遊べないけどね」


 それからも皆にたくさんの質問を投げかけられながら美味しい食事を堪能し、銀華の丘でのピクニックは終わりとなった。


「じゃあ次は精霊王様のところだね」

『ええ、ちゃんと送るわ』

『ここからは一日かかるよな』

『そうだね〜。遠いよね〜』

「え、そんなにかかるの!?」


 まだそこまで距離があったのか。意外と進んだと思ってたから、数時間で着くイメージだった。


『精霊王様のところは遠いって言ったでしょう?』

『行くの止めるか?』

「いや、止めない止めない! 精霊王様のところまでお願いします」


 慌てて頭を下げてお願いすると、三人は快く頷いてくれた。本当に良い子たちだよね。


『は〜い。じゃあさっそく行こう?』

『レイラ、またベッドにするわよね?』

「うん、お願いしても良い?」

『もちろんよ』


 それからまた氷の球体に乗り込み、私たちは精霊王様のところに向けて出発した。


 皆に申し訳ないなと思いつつも疲れには抗えずベッドに横になっていると、体感では数時間ほどで球体が地面に着陸した。


 まだ着いてないはずだけど……そう思って起き上がってみると、アンシュが眉間に皺を寄せた表情で球体の中に入ってくる。


『レイラ、上級の精霊がいたから少し隠れるわよ』

「上級の精霊って……? 見つかったらどうなるの?」

『長生きしてる精霊は役職を与えられてることがあるの。そのうちの一人がいたのよ』

『見つかったら長くなるんだ』

「怒られたり……?」

『うーん、そんなことはないんじゃねぇか? でも監視をサボって遊んでると怒られるんだ』


 なんかそれって、見つかったら怒られそうな気がする。怒られるどころか下界に戻されるかも。

 特に長生きしてる精霊は、人間を嫌ってる人が多いかもしれないし……


 よく考えたら、精霊王様にだって激怒される可能性があるよね。今までは無意識のうちに考えないようにしてたけど、会ったらどうなるんだろう。


 ――でも、会わないという選択肢はない。


「バレないように、慎重に行こうか」

『ああ、そうしようぜ』

「……そういえば、皆は精霊王様に会ったことがあるの?」

『僕はあるよ〜。精霊王様は優しいんだよ』

『私もあるわ』

『俺も遊びに行ったことあるぜ!』


 精霊王様ってそんな気軽に会いに行ける感じなんだ。優しいのなら少しだけ緊張がほぐれるかも。

 人間の私にも優しくしてくれたら嬉しいな……


 それからその場で少しだけ隠れてから、精霊が遠ざかったところで精霊王様のところに再度向かった。

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