第26話 招待状と夕食会
騎士団の詰所でベッドを借りた私とヴァレリアさんは、ぐっすりと寝たことで体力を完全に回復させ、薬屋に戻った。
そして数日は比較的のんびりとしながら、いくつかの依頼をこなしていると……豪奢な招待状がたくさんの贈り物付きで薬屋に届いた。
もちろん差出人はペルヴィス侯爵家の男性だ。あの男性は名前をアルベールというらしい。
「はぁぁぁ、行きたくないな」
ヴァレリアさんは眉間に皺を寄せて、招待状を睨みつけている。
「でも約束しちゃったんですから行かないとですよ。こんなに贈り物も貰っちゃいましたし」
贈り物はヴァレリアさんが好みそうなものを必死に考えたのか、珍しい薬草類が中心だった。さらに高級フルーツがたくさんと、骨付き肉もある。
貴族目線で良いものじゃなくて、ヴァレリアさんのことを考えて選んでくれてるのを見ると、少しアルベール様を応援したくなっちゃうかもしれない。
「招待されたのは夕食会ですか?」
「ああ、三日後の夕方からだ。場所はペルヴィス侯爵邸の食堂で、侯爵と侯爵夫人、さらにアルベールの妹と弟も参加するそうだ」
「え……家族全員が参加ですか?」
「そうみたいだな……ちっ、あの時に人数の指定をしておけば良かった」
ヴァレリアさんは舌打ちをしながら後悔を滲ませると、大きく息を吐き出して招待状を机に置いた。
「仕方がないから一日だけ頑張るか。レイラも頼んだぞ」
「私も頑張りますけど、私は美味しいご飯を食べてるだけで良いですよね? 話を振らないでくださいね?」
「……善処しよう」
スッと目を逸らしたヴァレリアさんは、面倒な話は私に押し付ける気満々に見える。
「ちょっとヴァレリアさん。私はただの孤児院出身の平民なんですから、貴族同士のやり取りに巻き込まないでくださいね」
「いや、レイラはよく貴族家にも行ってるだろう?」
「あれは薬師の仕事なので全然違います!」
私の主張にヴァレリアさんは曖昧に頷いてくれたけど、納得してくれたかどうかは怪しい。
うぅ……私も嫌になってきたかも、夕食会。
夕食会までの三日間はあっという間に過ぎ去り、現在の私たちは迎えにきてくれたペルヴィス侯爵家の馬車に乗っているところだ。
ヴァレリアさんは夕食会のため綺麗なドレスに身を包んで別人に変身し、私も可愛らしいドレスを着ている。フェリスは厨房に忍び込んでこっそり美味しい料理を食べるんだと、やる気満々だ。
馬車が貴族街に入って侯爵家の屋敷が見えてくると、少しずつ速度が落ちてきた。門は何の確認もなしに素通りして、そのまま屋敷のエントランス前だ。
私とヴァレリアさんが馬車から降りると、屋敷の前には侯爵家の皆さんが勢揃いで出迎えに来てくれていた。
「ヴァレリア嬢、それからレイラ、我が家の夕食会にお越しいただきありがとう。この前はしっかりと礼も伝えず、さらには名乗りもせずに申し訳なかった。アルベール・ペルヴィスと申します。……あなたの姿をまたこうして拝見できること、とても嬉しく思う」
アルベール様は恥ずかしげもなくヴァレリアさんに向けて笑みを浮かべると、綺麗な所作で右手を差し出した。その手にヴァレリアさんが手を載せると、さらに顔が笑み崩れる。
そんなアルベールさんの様子を見ている侯爵家の方々は……感動に瞳を潤ませていた。いや、何で感動?
それから私も侯爵様と侯爵夫人に大歓迎を受け、皆で夕食会の会場に移動した。その会場は驚くほど豪華に飾られていて、王族の誕生パーティーでもやるの? 他国の国賓でも来る? といった様子だ。
「こちらの席をどうぞ」
「ありがとうございます」
侯爵家の人たちってアルベールさんを誑かした的な感じで、ヴァレリアさんのことをどちらかといえば疎ましく思ってるのかなと予想してたんだけど、全く違うみたいだ。
あまりの大歓迎に、ヴァレリアさんも困惑しているように見える。
「本日は我が家の夕食会に来ていただきありがとう。我が息子アルベールはあなたをずっと追い求め、家を継ぐ身でありながらいまだに結婚もせず、本当に困っていたのです」
侯爵様のその言葉に、ヴァレリアさんの顔が引き攣ったのが視界に映った。
「あ、あの……ペルヴィス侯爵、私は貴家に嫁ぐつもりはなく、本日はお断りさせていただこうとこちらにやってきたのですが……」
「それでも良いのです。このバカ息子もご本人から断られれば諦めるでしょう」
いや、多分この人はそんなに簡単じゃ……そう思った瞬間、アルベール様が侯爵様に反論するように口を開いた。
「私はヴァレリア嬢のことは諦めないですよ」
それからも侯爵家親子が色々と話をする賑やかな時間が過ぎていると、使用人によって食事が運ばれてきた。
なんだか予想していた雰囲気とは全く違う夕食会になってるね……ペルヴィス侯爵家、普通の貴族家とは少し違うのかも。
私としては緊張しない雰囲気でありがたいけど。
「まずは食事で腹を満たしましょう」
「はい。とても美味しそうな香りですね」
まず運ばれてきた料理は、硬めのパンを輪切りにしてソースをかけ、肉や野菜などが盛り付けてあるおしゃれな料理だった。
ナイフでサクッと切り分けて口に運ぶと、とても美味しい味と香りが口の中に広がる。少しだけ甘みのあるソースが美味しいな。
「ヴァレリア嬢、どうですか?」
「とても美味しいです」
ヴァレリアさんのその言葉にアルベール様は満面の笑みを浮かべると、自分は食べるのも忘れてヴァレリアさんの顔を見つめている。
「あの……そんなに見られると食べづらいのですが」
「あっ、申し訳ありません。……あの、ヴァレリア嬢、私と婚約していただける可能性はないのでしょうか?」
「ありません」
全く悩むこともなくバシッと断ったヴァレリアさんに、それでもアルベール様はめげることなく口を開いた。
「では友人になってはいただけませんか?」
「……私と友人になったところで楽しくないですよ」
「それでも良いのです。ぜひ、よろしくお願いします」
「……分かりました」
ここまで必死にアピールしてくれているアルベール様に少しの情が湧いたのか、ヴァレリアさんは友人になるという提案にはゆっくりと頷いた。
するとアルベール様はガタッと椅子から立ち上がり、ヴァレリアさんの席に向かって恭しく手を取る。
「ありがとうございます! ヴァレリア嬢、仲の良い友人となりましょう」
それからも予想以上に穏やかで楽しい雰囲気の夕食会が進んでいると、私のところに慌てた様子のフェリスがやってきた。
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