第21話 呪いの治癒薬

『レイラ、残念だったね』


 大通りから路地に入って人通りが減ったところで、どこからかフェリスが私の近くに戻ってきた。フェリスは私の気が散らないようにと配慮したのか、ノエルさんといる時には姿を現さなかったのだ。


「突然のお仕事だから仕方ないよ。それに美味しいご飯は食べられたし、満足かな」

『でもこれからってところだったのに!』

「ふふっ、これからは本屋に寄るだけだったよ?」


 フェリスとそんな会話をしながら薬屋に戻ると、ドアを開いた瞬間にヴァレリアさんが私の下まで駆けてきた。


「レイラ、何もされなかったか!」

「もう、されませんよ。心配しすぎです。それよりもヴァレリアさん、騎士団が呪いにやられたらしくて、もしかしたら調薬の依頼が来るかもとのことでした」


 私が呪いのことを口にした瞬間、ヴァレリアさんの表情が真剣なものに変わった。


「この街で呪い……ってことは、瘴気か」

「瘴気ってなんですか?」

「数十年に一度ほどの頻度で起こる災害で、地中から黒い煙が吹き出すんだ。それを吸い込むと呪われる。しかもこの呪いがかなり強いものでな、放っておくと死に至るほどだ」


 死に至る……そんな呪いもあるんだ。私の中で呪いというのは、しばらく風邪のような症状が起きるものという認識でしかなかった。


「もし瘴気なら大変ですね……呪いに効く薬ってすぐに作れるのですか?」

「いや、呪いの種類によるが、強い呪いに効くものはかなり希少な素材が必要だ。それから基本的に、治癒魔法でも呪いは治らない」

「え、そうなんですね……希少な素材をヴァレリアさんは保管していますか?」

「してないな。依頼が来たら採取から行かなければならない。――レイラ、他の依頼を早く片付けておこう」

「分かりました」


 それから何だか落ち着かない気持ちで過ごしていると、次の日の朝早くに急ぎで王宮に来て欲しいと伝える使者がやってきた。


「できればこのまま王宮にいらしていただきたいのですが……」

「分かりました。準備をするので少しだけ待っていてください」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 ヴァレリアさんがいくつかの薬を鞄に詰めてから、使者の男性が乗ってきた馬車に皆で乗り込み王宮に向かった。


 馬車は王宮の敷地内に入るとそのまま騎士団の詰所に向かい、詰所の入り口で降ろされる。そこにはノエルさんとルインさん、それから数人の騎士が待っていた。


「ヴァレリアさん、レイラさん、お待ちしておりました」

「ノエルさん。騎士の方々は……」

「呪いが予想以上に強いらしく、常備していた呪いに対する薬が効いていないようなのです。薬に関しては私よりもヴァレリアさんの方がお詳しいでしょうから、診ていただいても良いでしょうか?」

「もちろんです」


 ノエルさんに治癒室まで案内してもらうと、そこには顔色が悪くかなり弱っている様子の騎士たちが何人もベッドで横になっていた。


「症状はどのようなものが主ですか?」

「全員に見られるのが寒気と食欲不振、それから強い倦怠感です。また一部の者に吐き気と頭痛もあります。発熱している者はいなく、逆に体温が下がり気味の者が多いです」

「体温が下がる……分かりました。呪いは瘴気ですか?」

「騎士の話では地中から吹き出していたとのことですので、十中八九瘴気で間違いないかと」


 ヴァレリアさんはノエルさんの説明に頷くと、一番近くに横たわる騎士に近づく。


「薬師のヴァレリアです。お話を聞いても良いでしょうか?」

「……あ、ああ」

「現在の症状で一番辛いものはなんでしょうか?」

「さ、寒いんだ……雪の中に埋もれてるぐらい、寒くて」


 騎士はそう言いながら、全身を小刻みに震わせている。分厚い布団を何重にもかけられて、この部屋は汗ばむほど暑いのに寒いのか……呪いって怖い。


「手に触れても構いませんか?」

「ああ、いい、ぞ」

「ありがとうございます」


 布団から出された騎士の手はかなり青白く、生気がないようだ。ヴァレリアさんはそんな騎士の手の温度を確かめて、脈を測ったりとテキパキ診察をしていく。


「息苦しさなどはありませんか?」

「……それは、ないな」

「分かりました。ご協力ありがとうございます」


 ヴァレリアさんは騎士から離れてこちらに戻ってくると、確信を持っている表情で口を開いた。


「この呪いは血の巡りに大きく影響するタイプのものだと思います。体の活動を、時間が経てばそれこそ生命維持に必要な活動も停止させてしまうかもしれません」

「……かなり酷い呪いということですね」

「はい。この強さだと現状の薬では気休め程度にしかならないでしょう。雫花という素材が必要です。しかもできる限り新鮮なものが良いので、これから採取に行く必要があります」


 雫花という言葉を私は聞いたことがなかったけど、ノエルさんや何人かの治癒員は知っているらしい。眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべている。


「雫花ですと王都から北にしばらく進んだ先にある、ルナル山脈でしょうか」

「はい。そこに行けば必ずあるはずです。私は馬に乗れますので、一週間もあれば王都に帰ってこられます。それまで患者さんの対応はお願いします。とにかく温めて、少しでも食事をさせることが大切です。それから気休め程度でも既存の呪い治療薬を飲ませてください」


 ヴァレリアさんはそこまでを一気に言い切ると、鞄を開いてそこからたくさんの治療薬を取り出した。


「これ、使ってください」

「ありがとうございます。助かります」


 ノエルさんが薬を受け取って他の治癒員に指示を出し始めたところで、静かに事態を静観していたルインさんが一歩前に出た。


「ヴァレリアさん、呪いの治癒薬作製は王宮からの緊急依頼といたしますので、王宮の馬を貸し出せます。すぐに準備させますのでそちらをお使いください。さらに騎士の護衛も何人かつけましょう」

「ありがとうございます。しかし騎士の護衛は必要ありません。私は普段から素材採取も行っておりますので、腕には覚えがあります。護衛がいない方が身軽で素早く動けますから」

「……かしこまりました。では馬の準備だけいたします」


 ルインさんはヴァレリアさんが断ったことに心配そうな表情を浮かべながらも、無理強いはできないと思ったのか渋々頷いた。


 そしてそれからすぐに馬は準備され、私はヴァレリアさんに抱えられる形で馬に乗って王宮を後にした。

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