第18話 約束と思わぬ人物
「日の出食堂ですよね」
「え、なんで知っているのですか?」
ノエルさんの口から食堂の名前が出たことに驚き、思わず瞳を見開いてしまった。
「私の孤児院にもその食堂がミンチ肉を卸してくれていたんです。確かにいくつもの孤児院に卸していると聞いたことがあります」
「そうだったのですね……行かれたことはありますか?」
「いえ、なんだかんだ機会がなくて」
「――もしよろしければ、今度一緒に行きませんか?」
同じ食堂の名前を知っているという親近感と、懐かしい共通の話題がある楽しさから、思わずスルッとそんな言葉が口から溢れてしまった。
しかしすぐに厚かましい誘いだと思い至り、慌てて口を開く。
「あっ、突然すみません……ご迷惑でしたら断ってください。ノエルさんはお忙しいでしょうし、他に一緒に行かれる方がいらっしゃるでしょうし……」
恥ずかしくて少し顔を俯けながらそう伝えると、ノエルさんは楽しそうに笑ってから思わぬ言葉を返してくれた。
「一緒に行きましょうか」
「……良いのですか?」
「もちろんです。というよりも、一緒に行っていただけるとありがたいです。レイラさんと孤児院時代の思い出を語りながら食べるのは、とても楽しそうですから」
「では、ぜひ」
私のその言葉に、ノエルさんは嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いてくれた。
『レイラ、デートだね!』
私の周りを楽しそうに飛び回るフェリスのその言葉は、聞かなかったことにした。
それからもお茶を新しく淹れながらいろんな話を楽しんでいると、休憩室のドアがノックされて返事を待つことなく開かれた。
「ノエル、休憩中すまないな。来週の遠征についてなんだが……すまない、来客中だったか」
顔を出したのは、この前治癒室に駆け込んできた騎士の男性だ。よく見るとこの人、かなりガタイが良いね。
「いえ、大丈夫です。遠征の日程についてですか? レイラさん、少しだけよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
それから二人は一枚の紙を覗き込んで話し合い、話が終わったところでノエルさんが私に視線を向けた。
「そういえば、レイラさんのことはまだ紹介していませんでしたよね。騎士団長、こちらは追加の薬を納品してくださることになった、ヴァレリア薬屋のレイラさんです。レイラさん、こちらはこの騎士団を統括する団長でロシュディ・ファリオ様です」
ノエルさんのその言葉を聞いた瞬間、私は数秒間だけ動きを止めてしまった。まさか目の前にいるのが騎士団長だなんて……
「ロシュディ・ファリオだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いいたします」
差し出してくださった右手になんとか自分の手を伸ばし、緊張でうるさい心臓の音を聞きながら挨拶をした。
今まで公爵家の方々にも会ってきたけど、騎士団長というのはまた違う緊張感がある。だってこの国の軍事の頂点にいる人なのだ。
「騎士たちのために良い薬を頼んだぞ」
「精一杯、頑張らせていただきます」
そんな会話をして騎士団長が部屋を出て行ったところで、私は大きく息を吐き出して思わず椅子に座り込んでしまった。
「レイラさん、大丈夫ですか? ははっ、そんなに怖がらなくても怖い方ではないですよ」
苦笑しつつそう言ったノエルさんの言葉に我に返り、すぐに立ち上がって頭を下げた。
「申し訳ありません……とてもお強くてたくさんの騎士の頂点にいる方だと思ったら、緊張してしまって」
「確かに騎士団長は体が大きいですもんね。私も最初の頃は少し怖かったです。……あっ、これは内緒ですよ」
ぱちっとウインクをして笑みを浮かべるノエルさんに、さっきまでの緊張が霧散していった。
「もちろんです。誰にも言いません」
「ありがとうございます。……では話が逸れてしまいましたが、今度予定を合わせて食堂に行きましょうか。次の納品の時に空いている日を教えていただけますか?」
「分かりました。ではまた来週に」
「はい。今日は突然お茶に誘ってしまってすみませんでした」
「いえ、とても楽しかったです」
そうして次回の約束もしたところで、私はノエルさんが声をかけてくれた騎士の方に門まで送ってもらい、王宮を後にした。
『レイラ、デートするなら服装を考えないとだね。新しい服を買う? アクセサリーも買っちゃう? あっ、手作りのお菓子とか持っていったら良いんじゃない?』
王宮から少し離れて周囲に誰もいなくなったところで、フェリスが怒涛の如く私に話しかけてきた。私よりもフェリスの方がよほど嬉しそうだ。
「フェリス、別にデートじゃないからね」
『何言ってるのレイラ、確実にデートだよ! ちゃんとあの人の心を射止めないと!』
「もう、そんな言葉どこで覚えてくるの?」
それからは興奮冷めやらぬフェリスの言葉を聞き流しつつ、馬車に揺られて薬屋に戻った。
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