第15話 緊急事態とフェリスの力
「ノエル! 北の森に魔物が大量発生していて怪我人多数だ。重症者が何人も運ばれてくるから治癒を頼む!」
入ってきたのは騎士服姿の男性で、厳しい表情を浮かべていた。
「何人も……かしこまりました! 皆様、最後に騒がしくなってしまってすみません。私は仕事に戻ります」
「いえ、こちらこそ貴重なお時間をありがとうございました」
ノエルさんは私たちに軽く挨拶をすると、すぐに治癒室の奥に向かっていった。
「動ける人や軽傷者は移動をお願いします! ベッドをできる限り開けましょう。私は命の危険がある方の治癒を優先させますので、それ以外は皆さんにお任せします」
「分かりました。ノエルさん、今のうちに何か食べておいてください。魔力切れで倒れたらしばらく目覚めないんですから」
「ありがとうございます。いただきますね」
一気に騒がしくなった治癒室の様子に呆然としていると、ルインさんが私たちに声をかけた。
「お二人とも、ここにいては邪魔になりますので移動しましょう」
「そうですね」
ヴァレリアさんが頷いて、私もこの状況で助けられる自信はないので素直に二人に付いて行く。そうして部屋を出る寸前、フェリスが真剣な表情で戻ってきた。
『レイラ、さっき負傷者が運ばれてるところを見てきたけど、かなりヤバいよ。すぐに命の危険がある人が六人、治癒しなければ数日で命の危機に陥りそうなのが十人』
その言葉を聞いて、私は思わず足を止めてしまった。それを全てノエルさんが治癒することはできるのだろうか。
「……レイラ、どうしたんだ?」
ヴァレリアさんが足を止めた私に気づいて、眉間に皺を寄せてこちらを振り返る。
「……ヴァレリアさん、ノエルさんは何人ぐらいの治癒ができるのでしょうか」
「魔力量にもよるが、一般的には重症者の治癒なら三人程度が限界だろう」
三人程度……それじゃあ全員は助けられないってことだ。どうしよう、どうすれば良いだろう。
「フェリス、治癒をお願いしたらやってくれる?」
小声で極力口を動かさないように聞くと、フェリスは私の目の前にやってきて頼もしく頷いてくれた。
『でも魔法を使ったら光が発生するから、周囲に不思議がられるよ』
「レイラ、ダメだ」
ヴァレリアさんは私がやろうとしてることが分かったのか、真剣な表情で諭してくれる。でも……私にはここで騎士の方たちを見捨てることはできない。
知らなければ良かったけど、知ってしまったら見て見ぬ振りはできない。
「フェリス、ノエルさんが治癒を発動したのと同時にフェリスも魔法を使って。それならバレないし、ノエルさんの魔力量温存になるはず」
『確かにそうだね。さすがレイラ。じゃあ後は僕に任せて、レイラは帰ってて』
「うん。よろしくね」
小声で素早くそのやりとりをしてから、私はこちらを振り返っているヴァレリアさんの体をルインさんの方に戻した。
「立ち止まってすみません。何か手伝えるかなと思ってしまって。でも皆さんの連携が凄いですし、邪魔にしかならなそうなので大人しく帰ります」
私のその言葉にルインさんは素直に頷いてまた足を進めてくれたけど、ヴァレリアさんはこちらにじっと視線を向けてくる。
でもそれには気づかないふりをして、いつも通りを装って騎士団詰所を後にした。
―ノエル視点―
先ほど騎士団長は怪我人多数で重症者が数人と言っていたけど、その中でどれほどの人の命が危ないのだろうか。
そんな人はいなければ良いけど、もし何人もの人が重体だった場合、私だけでは治しきれない。
お願いだから、全員を助けられますように。
「ノエルさん! 怪我人来ました!」
そんなことを願っていると、さっそく治癒室に騎士たちが運び込まれてきた。
「今行く!」
ベッドに寝かされた怪我人の様子を確認すると……その怪我の酷さに、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「これは、酷いですね……」
治癒員の一人がそう呟いた声が耳に入った。この騎士はまだ若く、最近結婚したばかりのはずだ。それなのに右足が完全に食いちぎられていて、このままだと出血多量で死んでしまう。
出血を止められたとしても、傷口から病が入り込んで死に至るだろう。
「この人は治癒魔法が必要です。私が血を止めて、傷口が自己治癒力で覆われるように補助します」
「よろしくお願いします」
この人の治癒をしたら、魔力は四割近く減ってしまうかもしれない。どうかこの人以外に酷い怪我をした騎士がいませんように。
そう願いながら、魔法を発動させた。騎士の右足の付け根が光り輝いて、傷口がゆっくりと修復していく。
そんないつも通りの光景を見つめながら、私はあり得ない感覚に戸惑っていた。
――いつもより治りが圧倒的に早い。それに、魔力をあまり注ぎ込んでいないのに治癒が進んでいく。
どういうことだろう。私の治癒魔法が突然進化した? でもそんなことはあるのだろうか。魔力量が突然増えるなんてことはないはずだし……それに、これはあの時の感覚に似ている。
以前王族の方の病気を治癒した時に、他の治癒師と合同で治癒魔法を発動させたのだ。その時にちょうどこれと同じような不思議な感覚があった。
でも今は、他に治癒師なんていない。
「――終わりました」
戸惑いながらもそう声を発すると、近くにいた治癒員が驚きの表情で私に視線を向けた。
「早くないですか!?」
「……なぜか調子が良いみたいです」
「そうですか……よく分かりませんが、精霊のご加護だと思っておきましょう。今回は酷い怪我を負っている方がかなり多いので、理由は分からなくともありがたいです」
「そうですね。では次の怪我人を」
「かしこまりました」
それからはひたすら治癒を進め、命の危機があった騎士六名の治癒を無事に終えた。しかし私はまだ気を失っていない。あと一割程度は魔力が残っているのが現状だ。
普段なら三人目の治癒を終えたところで倒れていてもおかしくないのに。
「本当に精霊のご加護なんてことが、あるとか?」
いや、さすがにないだろう。今日はたまたま調子が良かったのだ。運が良かったと思っておこう。
それから私は倒れないまでも疲れた体では皆の邪魔になると思い、今後の指示だけを出して治癒室を後にした。
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