第4話 調薬の勉強

 男爵家を後にして薬屋の近くまで行く乗合馬車に乗ると、運良く乗客は私一人だった。御者の男性には相当大きな声で話さなければ聞こえないだろうし、今ならフェリスと話ができる。


「フェリス、伯爵家に行ったら情報収集してくれない?」


 私がリネール男爵夫人からの依頼を安易に受けたのは、フェリスがいるからだ。誰からも見えずにどこにでも忍び込めるフェリスは、情報収集において本当に優秀だ。


『もちろん良いよ。レイラのためなら』

「ありがとう。お礼にクッキーをたくさんあげるね」

『本当!?』

「もちろん。他に誰もいないから、ここで一つ食べちゃう?」


 私のその問いかけに、フェリスは瞳を輝かせて私の周りを飛び回った。とても綺麗な青い髪がサラサラと流れている。


「フェリスの髪って本当に綺麗」

『ふふっ、レイラは昔から僕の髪が好きだよね』

「うん。肩で切り揃えられてるのが勿体ないと思うぐらい。でもこの髪型が似合ってるから良いんだけど」

『この髪型は気に入ってるんだ。じゃあレイラ、クッキーを一つもらうよ?』


 待ちきれないとでも言うように、フェリスはバスケットの中に姿を消してしまった。私はそんなフェリスの様子を見るために、掛けてあった布をそっと外す。

 すると中には……大きなクッキーを両手で器用に持ちながら、満面の笑みでクッキーを頬張るフェリスがいた。


「可愛い」


 思わず本音が溢れる。フェリスは表情豊かで本当に可愛いのだ。もともと顔があり得ないぐらい整っているということもあり、何をしても可愛く見えてしまう。

 自分のことを僕と呼ぶから性別は男なのかと聞いたことがあるけど、精霊には性別がないらしい。


「美味しい?」

『うん! このジャム最高。あんずだよね?』

「そう。酸味はあるけど甘みもあって美味しいよね。何よりも香りが良くない?」

『香りはかなり甘さが強くて、僕が大好きなやつだよ』

「そうだと思った」


 今までの経験からフェリスは甘い香りが好きだけど、味は少し酸味があるぐらいの方が美味しそうに食べるのだ。このあんずジャムは、そんなフェリスにぴったりの味わいをしている。

 今度お給料をもらったら、フェリスにあんずジャムを一瓶あげようかな。私はその時のフェリスの反応を想像して、思わず頬を緩めてしまった。想像するだけで癒されるって凄い。


 それからは他の乗客も増えたのでフェリスとの会話は中断して、静かに馬車に揺られた。そして馬車から降りたところにちょうど出ていた屋台でバゲットサンドをいくつか購入し、薬屋に戻るべく歩みを進めた。



「ヴァレリアさん、戻りましたー」


 お店に戻って声をかけると、ヴァレリアさんはちょうど休憩中だったようで、リビングのソファーに座っていた。


「レイラ、おかえり。配達はどうだった?」

「いつも通り問題はありませんでした。お昼ご飯も買ってきましたよ。それからこちらは、リネール男爵夫人からいただいたクッキーです」


 ヴァレリアさんは私が机の上に置いた食べ物を、さっそく物色している。


「おおっ、バゲットサンドにしたのか。ちょうど食べたかったんだ!」

「ヴァレリアさんって、本当に甘いものに興味がないですよね。そのクッキーも凄く美味しいですよ?」

「私はとにかく塩辛いものが好きなんだ。甘いものはなんかこう、刺激が足りない。それにクッキーはもそもそしてないか?」


 甘いものは苦手で塩辛いものが好き。これもヴァレリアさんの見た目とは正反対な趣向だ。そういえば、これによって離れていった男性もいたな……

 

「もそもそじゃなくて、サクサクしてるんです。あっ、ヴァレリアさん、それ中身違うので、左側の方を食べてくださいね。ヴァレリアさんの方には生ハムとクリームチーズを追加しておきました」

「さすがレイラ、私の好みを分かってるな!」


 それから私が片付けを終えて手を洗ってきたところで、さっそくバゲットサンドを食べることになった。なんだかんだ私の準備が終わるまで待ってくれるのが、ヴァレリアさんの良いところだ。


「おおっ、ここの店は当たりだ」

「本当だ……パンが特に美味しいですね。外側はかりっとしていて、中はもちもちです」

「それに生ハムが絶妙な塩加減だ。肉の味付けも良い」

「近くに新しく出来た屋台なので、しばらくは買えると思いますよ」


 他にも色々とトッピングがあったし、また今度買いにいこう。私のお金でフェリスにも買ってあげようかな。


 そうして美味しい昼食を味わい、午後はヴァレリアさんの仕事に少し余裕ができたということで、調薬を教えてもらえることになった。

 二人で調薬部屋に入ると、薬草の香りがして気合が入る。私はこの何とも言えない香りが結構好きだ。


「レイラ、ここに座れ。今日は魔力草のすり潰し方を教える」

「え、良いんですか!?」

「ああ、そろそろレイラにも扱えるだろう」


 ついに魔力草を扱わせてもらえるなんて……認めてもらえたようで嬉しい。

 魔力草とは魔力回路の異常によって発症する様々な疾患を治癒するために、一番の基礎となる薬草だ。希少ではないけど扱いが難しく、今まで触らせてもらったことはなかった。

 

「いいか、私達は誰もが魔力を持っている。魔法を使えない者も、生活魔法だけなら使える者も、一握りの高等魔法を使える者も、皆が等しく魔力を持っている。そしてその魔力は、絶えず放出され続けているんだ。それは普段誰も意識しないし、弊害はないのでほとんどの者がそのままにしているが、魔力草を扱う時にはそれではいけない。魔力で干渉してしまうと、質が大幅に落ちるからだ」


 そう。魔力草を扱うのに一番大切なのはこの部分。そして一番大変なのも。私は数年前から魔力を垂れ流さないようにと言われ続けて、何とか意識をすれば意図的に魔力放出を止めることができるようになっている。


「レイラ、魔力の放出を止めてみるんだ」

「分かりました」


 私は瞳を閉じて集中し、体から滲み出ている魔力を内側に何とか押し込んでいった。ふぅ……やっぱりこれをすると凄く疲れる。当たり前のように、常時魔力の放出を止めているヴァレリアさんの凄さを、改めて実感する。


「……上手くなったな。それだけできれば十分だ。では魔力草をすり潰してみろ」


 魔力草は葉脈を絶対に潰してはいけない。それをすると一気に余分な成分が加わり、効能が下がるのだ。だから慎重に、葉脈に沿って丁寧にすり潰していく。


「レイラ、もう少し肩の力を抜け。リラックスした方が上手くいく」


 そうしてたまに指導を受けながら魔力草をすり潰すこと十分。私の前には綺麗にすり潰された魔力草と、取り除いた葉脈が置かれている。


 ーーやった、成功した!


「成長したな」

「本当ですか!?」

 

 珍しく褒めてくれたので勢いよくヴァレリアさんを見上げると、顔を下から覗き込まれたヴァレリアさんは、照れたのか少し顔を赤らめている。


 この下から見上げる角度でも美人なんて、本当に羨ましい容姿だ。細身なのに出るとこは出てるし……私はそこまで考えて無意識に自分の胸に手を置き、その余りの違いに落ち込んだ。


 ……ま、まあ、私だってこれから成長するんだから。


「レイラはセンスがある。これからも頑張れよ」

「はい! これからもご指導お願いします」

「もちろんだ。では次の薬草にいくぞ」


 そうしてその日は、日が暮れるまでヴァレリアさんの指導が続いた。凄く大変だったけど、実力を向上させることができて大満足だ。

 これでまた一歩、薬師の夢に近づけたかな。

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