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十南 玲名

青村 那月

 もしも〜し。こんにちは〜。元気?私は元気でやってるよ。え、今?今はねぇ……って、そうだった。聞き忘れてたよ大切なこと。ねぇ、あなたのお名前。教えてくださらない?え、聞くなら自分から名乗れっ……て、なぁに?私のこと知りたいの〜?あなたなら分かると思ったんだけど。私……私はね──── 。



「なによなによ。知った顔してさ!?」

 僕は驚いて飛び起きる。道を歩いてくる女の子。随分怒ってるみたい。僕はあくびをひとつして、お出迎え。

「あれ?かわいいこ。こんなところでどうしたの?」

 僕を見つけた女の子の質問には答えずに、僕は言う。さあさあかわいいお嬢さん。そこの電話ボックスに不満をぶつけてみたら?女の子は不思議そうに首を傾げる。僕は電話ボックスの扉を少し叩いた。

「………なぁにこれ…?初めて見た……。」

 恐る恐る扉を開ける女の子。その胸に「青村あおむら 那月なつき」と書かれた名札が揺れる。僕は先頭だって電話ボックスの中に入って見せる。那月ちゃんも僕に続いて入ってくる。後ろでパタンと扉が閉まった。

“リリリリリ”

 途端に鳴り出した電話に那月ちゃんはビクリと体を震わせる。ほら、お取りなさい。君が不満を抱く人からのお電話だよ。那月ちゃんは恐る恐る受話器を手に取る。僕の頭にリーンと大きな音が響いた。

「も、もしもし……青村、です…。」

『あ、那月ちゃん?よかったぁ。今から遊びに行こうと思ってたの〜。ほら、那月ちゃんって友達いないじゃん?だから莉緒りおが遊んであげようと思って〜。ね、何して遊ぶ?あ、那月ちゃんが好きなおままごとでもしよ。いいでしょ?』

 顔を曇らした那月ちゃんは小さく頷く。

『あ、頷くだけじゃダメだよ?電話越しじゃわかんないじゃん?那月ちゃんが言葉にするの苦手なの、莉緒は知ってるからいいけど、他の人じゃわかってもらえないからね?ちゃんと言葉にしないと。』

 ほら、那月ちゃん言っちゃえ。その子に自分の気持ちぶつけるの。那月ちゃんならできる。前を見てみて。莉緒ちゃんはいないでしょ?僕は笑ってみせる。那月ちゃんは一呼吸置くと声を絞り出す。

今出いまでさんとは遊ばない……。」

『……え?なんて…?ごめんよく聞こえなくて…。』

「今出さんとは遊ばない!」

 いいぞ。自分が吐き出した一言につっかえが取れたみたいに那月ちゃんは叫ぶ。

「那月、今出さんが思ってるほど言葉にするの苦手じゃないよっ!おしゃべり大好きだもん。聞くのも話すのも大好きだもん!それなのに今出さん、那月は言葉にするの苦手なんだからって私について回って、那月が思ってることと違うことみんなに言いふらすの。違うって言いたいのに、今出さんは言わせてくれないし、話す隙も与えてくれない…。今出さん、みんなになんて言われてるか知らないでしょっ?自己中でナルシストって!みんなに嫌われてるの気づいてないでしょ!」

 莉緒ちゃんが息を呑むのが受話器越しに伝わる。

「それに那月、おままごと好きじゃないっ…!」

 那月ちゃん、言い切ったね。莉緒ちゃんは反論することもできない。二人の息遣いだけが聞こえる。

「……そう言うことだから、今出さんとは遊ばない。」

 那月ちゃんはガタンと受話器を戻す。険しかった顔をほぉと、緩めて笑った。

「全部吐き出したらスッキリしたよ。ありがとう。でも……。」

 那月ちゃんは困ったように眉を動かした。

「明日からどうしよ…。」


 ガタガタ。筆箱が揺らされる音に僕は伸びをする。やっぱり那月ちゃんだ。

「ねえ聞いよクロ!」

 クロ?首を傾げる僕に那月ちゃんはいたずらに笑う。

「そうクロ!光に当たった黒がきれぇだからクロ!」

 僕は笑う。いいねぇ、その名前も。

「ねえクロ聞いて?」

 なんだい?そんなにニコニコして。いいことでもあったのかな?

「今日ね、今出さんと仲直りできたのっ!」

 そうかそうか。仲直りしたのか。

「今出さんね、今までのことごめんなさいって。那月のことが好きで、いいと思ってやってたんだって。」

 でもいいのかい?また同じことやられるかもしれないよ?

「いいのっ!またやなことあったら、ちゃんと今出さんに言うの。それにね、」

 パッと立ち上がった那月ちゃんは、ニヒッと笑って僕を振り返る。

「ごめんって言ったら許してあげるの。ごめんなさいって言ってくれたのに、那月がずっと怒ってたら那月の方が悪くなっちゃう。それにそんなの那月も……莉緒ちゃんも、悲しいでしょ?」

 雨降って地固まる。この子達ならもう大丈夫。何度も争って、何度も謝って。きっといい関係を続けてく。そんな気がした。

「それよりさっ?昨日のこと、ママに話したの。道で電話があって、莉緒ちゃんと話したって。そしたらね、あれ、でんわ…ボックス?って言うんだって。写真も見せてもらってあってたんだけどね?ママが言うには、お金がないとかけられないし、かかってくることはないんだってぇ。」

 ま、そうだよね。お母さんは正しいよ。

「莉緒ちゃんとのことの報告もしたかったんだけど、どうしても気になっちゃって。今日も寄り道しちゃった。クロなら何か知ってるかなぁって。」

 僕は答えず、フッと横を向いて。膨れる那月ちゃんを置いて行く。

「あぁ待ってよぉねえク……ロ………ぇ。」

 あ、気づいてくれた。

「ク、クロ。な、なんで、あれ………。」

 僕は一言那月ちゃんに告げて笑うと、駆け去る。莉緒ちゃんと仲良くね。

「…………電話、消えちゃった…。」

 那月ちゃんが一人呆然としてるのが遠目から見えた。


 電話ボックス。そう聞いてあなたが思い浮かべるのはなにかしら?緑色?赤色?両親の声を聞いた温かい空間?それとも恋人かしら、前の人の話が長くて、寒空の下ずっと待たされたりだとか、震災の時に利用したもの?もしくは狭くて怖い場所だとか…あぁ。校外学習で初めて知ったもの?実は聞いたことすらないかしら?フフフッ。

          これはこの世界のどこかにある電話ボックスの話。

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