悪女が死んだ素晴らしき世界
九重ツクモ
第1話 表
この国一の悪女が死んだ。
悪女はひどく傲慢で、我が儘で、残虐だった。
「わたし、この国が大好きなの」
それが悪女の口癖だった。
そう口にする彼女の顔は醜く歪んでいて、言葉通りの意味ではないことは、一目瞭然だった。
彼女はこの国全てが、さも自分のもののように扱った。
「わたし、この国が大好きなの」
それはつまり、この国の全てのものが、彼女の思うままに動かせる玩具のようだという意味だ。
少なからず、ほぼ全ての国民がそう思っていた。
この国の王女という身分を笠に着て、彼女は悪虐非道の限りを尽くした。
民の税を自身の贅沢の為だけに使い、
地方の村を焼き払い、
禁止されて久しい人身売買に手を染め、
自身の妹を虐げ塔に幽閉し、
妹の婚約者に内定していた宰相の令孫を強引に婚約者として、
戦争を引き起こし、
宰相を毒殺して、
ついには自身の実の父さえも殺めた。
賢王と名高い王は人望が厚く、民からの信頼も厚かった。
もう何年も病床に臥していたが、それでも彼はこの国の希望だった。
王の死に人々は悲しみに暮れ、ついに悪女は裁かれ、断頭台に登った。
「何故、こんなことをしたんだ」
広場の真ん中に、遠くからも見えるようにと舞台が設られ、その上に置かれた断頭台に、悪女が括り付けられる。
そんな彼女を舞台の下から真っ直ぐに見つめ、男が言った。
男はこの国の英雄だ。
先の隣国との戦争で先頭に立って戦い、この国に勝利を導いた英雄。
そんな彼が、悪女を憎々しげに睨んだ。
「何故? だって、それがわたしの存在理由だからよ」
そう言って悪女は笑った。
いつも悪辣な表情を浮かべている悪女らしくない、心からの笑みだった。
人々は彼女に罵声を浴びせた。
我々はお前の奴隷じゃない!
悪行が存在理由だというなら、さっさと死ね!
今すぐ首を落とせ!
死ね!
死ね!!
悪女が捕まると同時に塔から解放された妹は、そんな悪女を見て目を伏せて涙を流した。
悪女の婚約者だった侯爵の孫は、悪女の妹を側で支えながら、悪女を睨みつけていた。
誰もが悪女を呪った。
誰もが悪女の死を望んでいた。
民衆の怒号に紛れて、英雄の男が舞台に駆け上ろうとする。
そして悪女が、何か男に告げた。
その瞬間、刃が彼女の首の上に落とされた。
人々が歓声に沸く。
悪がこの世から消えたことを、誰もが喜んだ。
彼女の首は朽ち果てるまで広場に掲げられ、その跡地に記念碑が建てられた。
悪女の首が落ちた日は、この国が悪から解き放たれた記念として国の祝日となった。
それは、
悪女の妹が玉座に就き、夫となった侯爵の孫との間に王子が生まれてから、何世代も先まで続いた。
人々はいつまでも悪女の名前を忘れなかった。
彼女の名前は、アイリーン・ミステアシュテント。
この国の歴史上、最もその名が語り継がれた人物である。
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