IORI

 

 雨の日は、物憂うのは当たり前だ。そんな常識さえ、超えて忌まわしくて堪らない。じっとり濡れた髪と重い服。挙句の果てに、傘は使い物にならない。金曜の帰路だというのに気分は憂鬱だ。 

 人の気も知らないで、通常運転の電車は揺れる。元々冷たい指先が、氷のようで動きにくい。ダメだ、まともにスマホもいじれない。ふと、自動販売機の前の出来事を思い出す。友人と会話を楽しんで、それから…。徐ろに手荷物の中に手を伸ばす。

 ろくに見もせず、使い物にならない指先の感触だけで探すと、あ、コツンと見知らぬ感覚。これだ、温かな小さめのペットボトルは、私の両手に馴染んでく。じんわりと広がる心地良さは、瀕死の指先に染み渡った。私の好きなミルクティー。嗚呼、買い与えてくれた可愛い友人に感謝をせねば。

 車輪の音に混じり、雨音が容赦なく窓を打ちつける。喧しさだけが募っていくのは、私の心に余裕がないせいなのか。弾丸のようなその音に、いつか撃ち抜かれてしまいそう。呑気に揺れる車内とは大違いだ。ひたりひたりと水滴が鎖骨を伝う。拭うことさえ煩わしくて、シャツを無意味に濡らした。


 体が芯が冷えだした頃、いつかの台詞が反照する。

 雨、好きなんだ。

 そう呟いた君は、土砂降りの中で傘を閉じた。鼻筋を、首筋を、流れゆく雨粒に目を奪われる。髪の一本までに、伝う雫は輝いて、肌が滲んだシャツは、どこか艶めしく、儚げだった。

 何故だろう、映画のワンシーンのような錯覚に陥る。君が主演なら、きっと私はエキストラにもなれない。雨でさえ脇役に見えて、より一層君しか映らなかった。伏し目がちな瞳を閉じ、次いで、ゆっくりと私を見つめた。その刹那的な美しさと、寂しげな微笑みに胸が酷く締め付けられる。苦しい、けど、醒めない微熱に似た錯覚。ぼんやりとして、内側が熱い。冷たいはずの身体は、知らぬ何かで火照っていた。

 幼稚だった私は、君にただ見惚れていた。泣いているように見えたのは、私も泣いていたのは、全部、全部、雨のせい。

 目的地の駅のコールで、我に返る。昔話に深けていたようだ。思考に沈むと時間が分からなくなる。私の悪い癖。同時に雨音も戻って、なんとなく気分が落ちる。やはり、いくつになっても私はこう思うのだろう。


 雨は嫌いだ。

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IORI @IORI1203

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