お姫様の恋の行方は
suna
お姫様の恋の行方は(前編)
チェルシーはルーン王国のお姫様です。
――ある日、城下町でチンピラに絡まれているところを、魔法使いのクラヴィに助けられたチェルシーは、彼に一目惚れをしてしまいました。
うっとりした顔で「クラヴィさま……」と物思いにふけるチェルシーを見て、お目付け役のレナードは「あり得ない」と怒り心頭の様子です。
それでも、彼女の思いは止まりません。
「お父様! わたし、クラヴィさまと結婚したいの!」
チェルシーは父王に謁見するや否や、大声で叫びました。そんな彼女を見て、王様は黙ったまま握った拳をぷるぷると震わせ始めます。
王様の怒りを買ったのだと思ったレナードは、真っ青な顔になってチェルシーを叱りつけました。
「お言葉ですが、姫様! 貴女に結婚はまだ早すぎます! ……しかも相手がクラヴィのような危険な男だなんて、許されるはずがありません!」
「どうしてそんなことを言うの? わたしはもうすぐ15歳……下のお姉様がお嫁にいったのと同じ年になるのよ! それに、クラヴィさまが危険ですって? わたしを助けてくれたあの人が、危ない人だなんて思えないわ!」
「……チェルシー、お前の願いは許可できん。下がりなさい」
レナードでは娘の暴走を止められないと判断したのか、王様が重々しく口を開きました。信じられないとばかりに大きく見開かれたチェルシーの目に、大粒の涙が溜まっていきます。
「お父様まで……ひどいわ! みんな大嫌いっ!」
チェルシーは捨て台詞を吐いて、自室へ戻ろうと走り出します。
玉座の間を後にしたチェルシーは、廊下で大臣の息子のムインとばったり出くわしました。
急に止まろうとしてつんのめったチェルシーは、一歩後ずさったムインの胸に飛び込むような形になってしまいました。彼とぶつかるのは避けたいと思いましたが、勢いのついた身体は止まりません。
「おっと」
転んでしまいそうなチェルシーを、ムインが優しく抱きとめます。
チェルシーは石にでもなったかのように固まってしまいましたが、目をぱちぱちさせて自分が置かれている状況を把握すると、彼を押しのけるようにして飛び退りました。
はあはあと肩で息をしながら、目の前に突っ立っているムインを恨めしそうに見上げます。
「……ちょっと、どきなさいよ」
ムインはチェルシーの顔を見て驚きに目を見開いたかと思うと、すぐに整った顔が台無しになるようなニヤニヤ笑いを浮かべました。
「どうしたんだい、そんな顔をして……またレナードに怒られたとか?」
「! ……あ、あなたには関係ないでしょ!」
チェルシーはさも嫌そうな顔をして、ぷいっとそっぽを向きました。
「関係あるさ。だって僕は……君のことを愛しているんだから」
「えっ!?」
突然の愛の告白を受け、チェルシーの視線は反射的にムインの顔を追ってしまいます。両の頬が熱くなったのが、自分でも分かりました。
ですが、彼女はすぐにハッとして顔をぶんぶんと横に振ると、ムインをキッと睨みつけます。
「どうせいつもの冗談でしょ! わたし、あなたに付き合っている暇なんてないの! どうにかして、お父様たちにクラヴィさまとの結婚を認めてもらわなきゃいけないんだから――」
そう言って立ち去ろうとするチェルシーの腕を、ムインは慌てて掴みました。
「待ってくれ! 結婚ってどういうことなんだい!? それにクラヴィって……あの、森に住んでる怪しい魔法使いだろ? どうして君がそんな奴と…… 」
ムインは必死の形相で、チェルシーを引き留めようとします。
チェルシーはさっさとムインの手を振り払って、この場を立ち去るつもりでした。しかし、思いのほか腕を強く掴まれて、簡単に振りほどけそうにありません。
「離してよ! 痛いじゃない!」
チェルシーが思わず声を荒げると、ムインは慌てた様子で手を放しました。
「あっ、ごめん……」
ムインがバツの悪そうな顔をして、謝罪の言葉を口にします。そして、今度は優しくチェルシーの右手を取り、手の甲にキスを落としました。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
「……本当に悪気はなかったんだ。ただ、君が心配になっただけで……。でも、君のことが好きな気持ちも、冗談なんかじゃないから――それだけは信じてほしい」
ムインは真剣な眼差しでチェルシーを見つめます。チェルシーは目を逸らすことができず、彼の瞳の中に吸い込まれていくような錯覚に陥りました。
「……わ、わかったわ、信じるから、早く離れてちょうだい……」
ようやく我を取り戻したチェルシーは、頬を真っ赤にして言いました。
チェルシーは顔を合わせる度にからかってくるムインのことが、あまり好きではありませんでした。それなのに今、彼女の心臓はうるさいくらいドキドキ鳴っています。
(わ、わたしはクラヴィさまのことが好きなのよ! ムインのことなんて、何とも思ってないんだから……!)
「ありがとう、チェルシー。ところで、さっきの話だけど――」
「……何よ、まだクラヴィさまのことを悪く言うつもり?」
「いや、違うんだ! その……あの魔法使いがどんな奴なのか……僕にも教えてくれないかなと思って。君がどこで彼と縁を結んだのかも気になるし……」
ムインはチェルシーの怒りを鎮めるように、穏やかな口調で話しかけてきます。彼が自分を気遣って発言しているのだと思ったチェルシーは、少し冷静になって話を聞くことにしました。
ムインは魔法の扱いに長けた大臣の息子であるにもかかわらず、魔法の才能が全くと言っていいほどありません。そんな彼を周囲の貴族たちが内心見下していることも、チェルシーは知っていました。
だから、ムインは魔法使いであるクラヴィのことが気になるのかもしれない……と、チェルシーは思ったのです。
「……いいわ、わたしが知っていることは全部話してあげる。その代わり……クラヴィさまを悪く言ったら許さないわよ!」
「ああ、約束するよ」
こうして、チェルシーはクラヴィとの出会いを語り始めました。
「城下町でクラヴィに助けられた……か。供もつけずに一人で城を出るなんて、君は相変わらずおてんばだなあ。偶然助けてもらったから良かったようなものの、何かあったらどうするつもりなんだい? 僕に言ってくれれば、ついていくのにさ……」
チェルシーの話を聞いたムインは、呆れたような顔で呟きました。
お姫様であるチェルシーは、勝手に城の外へ出ることを許されていません。
ですが、チェルシーはこっそり城を抜け出しては、ちょくちょく城下町に遊びに行っていました。無断外出がバレる度にレナードからこっぴどく叱られていましたが、チェルシーは一向に反省しようとしなかったのです。
「……ふん、あなたなんか連れていったら、何をされるかわからないわ! ……とにかく、わたしはもう行くわね! 早くお父様たちを納得させる作戦を考えなきゃいけないんだもの――」
「ま、待って! 最後に一つだけ聞いてもいいかな?」
ムインはチェルシーを呼び止めると、意を決したような表情で問いかけました。
「いいけど……手短にね」
「……どうしても、クラヴィじゃないと駄目なのかい? ……僕じゃ、君と結婚出来ない?」
「えっ!?」
唐突なムインの言葉に、チェルシーは目を丸くして驚きの声を上げました。まさかそんなことを聞かれるだなんて、思ってもいなかったからです。
彼は大臣の息子でありながらも魔法の才能に恵まれず、貴族から馬鹿にされている存在でした。父親である大臣も長男であるムインより、魔法の才に溢れた次男のユノーを可愛がっている節があります。
ムインはその身分だけを見ればチェルシーと結婚してもおかしくないかもしれませんが、周りがあまり良い顔をしないだろうことは明白でした。
――そもそも、いつものムインなら「好き」だの「愛してる」だの言った後は、決まって「冗談だよ」と笑うのです。
深刻そうな顔をして「結婚」なんて単語を口にするムインは、いつもの彼とは別人のように見えます。チェルシーは言葉に詰まりました。
「…………」
「答えられないってことは、やっぱり僕のことなんて……」
ムインは悲しげに目を伏せました。
「ち、違うわ! あなたのことが嫌いなわけじゃないの。ただ、私はクラヴィさまのことが――」
「ごめん、困らせちゃったよね……。でも、これだけは覚えておいてほしいんだ。……僕はいつでも君の幸せを願っているって」
ムインはそう言って寂しそうに微笑むと、チェルシーの右手をそっと握りしめました。そして、再び手の甲に軽く口づけると、その場を立ち去ります。チェルシーは黙ったまま、遠ざかっていくムインの背中を眺めていました。
(どうして、こんなに胸が苦しいのかしら……)
チェルシーは自分の気持ちがわからず、戸惑うばかりでした。
***
――それから数日経ったある日のことです。
「お父様、お願いがあるの!」
チェルシーは再び、王様に謁見していました。
「……またクラヴィの話か? 結婚相手というものは、そんなに軽々しく決めて良いものではない。そもそも――」
「ち、違うの! わたし、クラヴィさまに会いたいの! 結婚したいなんてワガママはもう言わないから、もう一度だけ会って、助けてもらったお礼を言いたいのよ……! お願い、お父様……!」
チェルシーは王様に向かって、真剣な面持ちで頼み込みました。
王様は渋っていたものの、チェルシーがあまりにも必死な様子で訴えかけるので、最終的には折れてしまいました。ただし、条件つきでしたが……。
「……わかった。そのくらいなら許可しよう。だが、一人で行くことは許さん。誰か供をつけさせるぞ」
「本当!? ありがとう、お父様! 大好き!!」
チェルシーは満面の笑みを浮かべると、喜びの感情のままに王様に抱き着きます。王様はなんだかんだ言って末の娘であるお姫様が可愛くて仕方ないので、顔を緩ませてチェルシーの頭を優しく撫でました。
――こうして、チェルシーはクラヴィとの再会を果たすことになったのです。
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