第47話「飛行ロボットの秘密」
”あれを手に入れたい! 何としても!”
陸軍技術廠技師の手記
Starring:ユリア・リスナール
もしこの場にスーファ・シャリエールが居たら。悪の巣窟だと不快感を示すだろうか? ユリアは戯れにそんな考えを浮かべた。そして、あの人も。
「では、始めましょうか」
会議室に詰め込まれたお歴々が、一斉に彼女を注視する。
これから話されるのは、”彼女たち”にとって最大の懸案事項だ。
「こちらをご覧ください」
スクリーンに映し出された写真には、ブレイブ・ラビッツなる不心得者たちが映し出されていた。立ち上がったのは準監査。有害表現監査室として、彼がこの件の責任者となる。ユリアら清貧教の理想は理解して頂けないようであるが。
「現在やつらの妨害により、監査室の法執行が大きく阻害されておる。ここで叩き潰しておかなければ、共和国の秩序は大きく後退する事だろう」
ユリアは思う。共和国だなどと視野の狭い。これは大陸全土の幸福をかけた戦いである。彼らの持つ聖遺物を回収すれば、我々新人類は聖地転生へまた一歩近づく。
愚かな彼らは気付いていないようだけれど。
「監査室としては、やつらが操る怪ロボットの撃破に重点を置きたい。何故ならやつらは逃走時、飛行装置を持ったあのロボットを使用するからだ。逆に言えば、ロボットさえ止めてしまえば、奴らの逮捕は容易だ。今日はその方策を話し合いたい」
準監査は下品にもあごでしゃくって指示を出す。やはりこの方は清貧教の教えを受けるべきだと思う。
指示され立ち上がったのは、技術科の人間だ。こんなところに来るのは慣れていないのか、緊張した様子で教鞭を取り上げる。
「技術班が写真からあのロボット、〔アルミラージ〕を解析した結果をお話します」
写真が切り替わる。映っているのは先日の〔ラピットタイガー〕と〔アルミラージ〕の戦闘だ。あの時、〔アルミラージ〕は〔ラピットタイガー〕の頭をいとも簡単に引っこ抜いた。
「あれだけのパワーは、通常のコアではとても出せません。杭に仕込んだ爆裂魔法や、あの飛行能力から推定するに、出力は最低1,800
ユリア以外、その場の全員が息をのむ。
魔動力――
共和国軍制式の〔タイガーモス〕は860魔導力。先日3対1で敗れた改タイプの〔ラピットタイガー〕はコアをブーストして920魔導力。とてもではないが2,000魔導力には及ばない。
次期制式機は試作まで終わっていたが、〔アルミラージ〕の存在を知った軍がやり直しを命じ、開発計画は遅延していると言う。
だからこそ、この場に彼らがいるのだろう。ユリアは背広に身を包んだ軍関係者に向けて、わざとらしく微笑んで見せた。
ロボットをおもちゃにして戦いごっことは、創世皇の教えに反するのだが。
「それでは何かね? その〔アルミラージ〕は、現時点で大陸最強の強さを持っていると言う事か?」
「誰が強いか言ってくれ」と言うのは、実に子供じみている。技術者にしてみれば「一概には言い切れない」としか言いようがないだろう。準監査はその辺りを分かっていないようだ。
案の定、技術者は困った様子でハンカチを取り出し、汗を拭いた。まあ、彼も人殺しの道具を扱っているのだから、報いだとも言えなくもない。後で入信を薦めておくとしよう。
「現在分かっている情報だけで判断するならそうなります。ただ、現物をテストしたわけでは無いので、思わぬ弱点が隠れている可能性はあります。そして、燃費はかなり悪いと思われます」
ここで、背広姿の軍人が手を挙げる。彼らは名乗らないし、それを咎める者もいない。
「〔アルミラージ〕の飛行能力だが、タウゼント連邦が同様のロボットを試作までこぎつけたそうだ。
ロボットの製造にはコアの確保と言う問題が付きまとう。その結果、性能はおのずと性能重視と数重視に分かれる。先述のタウゼントは優れた戦闘用ロボットを少数運用するのに対して、共和国は民生用と同じ機体を多数製造し、有事には徴発して戦力化するシステムを取っている。その代わりに〔タイガーモス〕を購入した者には補助金が払われる仕組みだ。
よって今までのように、一騎当千の〔アルミラージ〕と少数機で市街戦をするのは悪手と言えた。
ユリアは軍人たちの発言意図を正確に読み取った。〔アルミラージ〕を鹵獲して解析すれば、タウゼントに軍事技術で先んじる事が出来る。つまりは「戦うなら破壊せず鹵獲しろ」である。
軍人と言うのは、なんとおもちゃ遊びが好きな事か。技術者も同じように受け取ったのだろう。声が一瞬うわずった。
「続けさせていただきます。〔アルミラージ〕の飛行能力は、魔法によって重力を打ち消し、コアの稼働で発生した蒸気を高圧化して噴射。飛行しているものと思われます。蒸気には魔力のカスが残っていますから、それを推進力に再利用しているのかも知れません。極めて効率の良いシステムと言えるでしょう。ただ捨てるだけの排気を利用するわけですから」
「そこまで分かっているなら、同じものが作れんのか!?」
準監査が口調を荒げる。それほど簡単な問題では無いと、ユリアにも分かる。彼女に魔導蒸気機関を学ぶよう命じたのは聖上。その先見の明にはただただ崇拝の念を感じるばかり。
技術者の答えは案の定だった。
「いずれは出来ます。重力魔法を大出力化する構造が分かりませんし、噴射口の配置や出力の調整。これだけ開発するのに最低3年は頂きたい」
そもそも、同様の機構を完成させたところで、2,000魔導力級のコアをどうやって調達するのか。共和国は大出力のコアを工業プラントに全振りして軍用に回さない。予備のコアを融通してもらう事はできるが、経済界はさぞ出し渋ることだろう。軍事強国タウゼントですら数機しか調達できないのだ。
経済偏重の弊害であった。本来武力を持たないのは喜ばしいのだが。
「まあ、この件は持ち帰ります。私に伝手があります」
ユリアの言葉に、会議の席は「おお!」と盛り上がりを見せる。おもちゃ遊びが好きなのは軍人だけでは無かったらしい。創世皇の教えを伝える必要を、本格的に感じる。
そうだ、聖遺物を手に入れたら、人を傷つけるロボットなど取り上げてしまおう。そんな危険なものは不心得者に与えておくべきではない。
「まずは、今この時ブレイブ・ラビッツが活動を開始したらどうするか。それを話し合いましょう。その為に”彼ら”をここに呼んだのです」
軍人たちが立ち上がり、壇上に上がる。そして投影された写真は、再び場がざわめかせる。
そこには、軍の開発した起死回生の新兵器があった。
「そして、こちらから待つ必要はありません。ラビッツをおびき出します」
出席者は更なる盛り上がりを見せる。戦争でもビジネスでも、最も士気が上がるのは攻撃を行う時である。
「しかし、具体的にどうするのでしょう?」
ただ一人、準監査が問う。胡散臭げな態度を隠しもせず。かわいい子羊だとユリアも笑う。
「……
彼女が語る計画に、場の熱気は治まる。流石にそれはと意見する者もいたが、清貧教の権威で押し通す。聖地転生の為の戦いにブレーキは必要ない。ただアクセルがあればいいのだ。
一方で――。
プレゼンをやらされていた技術者は思った。なんだよこの魔窟は、と。
全員が全員腹の底で何を考えているか分かったもんじゃない。とくにあのユリアとか言う女は本当に怖い目をする。
もう出世とか色気は出すまい。自分は工廠に引きこもってロボットを弄っているのが分相応というものだ。技術者はそう考える。
あの正司教が彼の天職まで取り上げようと画策している事には、まるで気付かなかった。
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