第46話「ロマンティクスはあげません!」

”「ねえママ、映画って男が好きな男の人がいっぱい出てくるの何で? 前見たやつもそうだった」

「まあ! それを誰かに言ったらだめよ? 学校でいじめられちゃうかもしれないんだからね!」”


とある親子の会話




北地区のとある飲み屋。


 二人の酔客が店舗に設置された蒸気テレビを見ている。もちろんテーブルには木製ジョッキいっぱいのエールと、つまみのソーセージ。そしておなじみのフィッシュ&チップスが置かれている。


 テレビでやっていたのは、政治番組。他の客も興味ないから、惰性で見守っている。ラビッツの放送ジャックがあるならこの時間なのだが、それも今日は無いらしい。

 唯一の救いと言えば、新人らしいニュースキャスターが随分と美人な事である。だから二人は文句も言わず、垂れ流される情報を見守っていた。


『本日は、社会学者のアッパーフィールド名誉教授に来ていただきました。よろしくお願いします』


 なにやら、奇抜な色で頭を染めた女性が出てきた。物腰は柔らかいが、目が笑っていない。二人は既に、彼女にとっつきにくさを感じている。

 太った方の客が言う。


「最近、あの人良く出てるんだな」


 どうやらあまり好印象を抱いていないようで、早くキャスターを映せと手をぶんぶん振っている。どうも出来上がっているらしい。


『アッパーフィールドさんは、イーストカレッジ大学でジェンダー学を教えてらっしゃいます。最新の著書『弱者男性とマスターベーション』は、とても挑戦的なタイトルですね』


 野郎二人はもうこれだけでお腹いっぱいになってしまった。しかしアッパーフィールドなんとか女史は、我が意得たりと頷く。


『『弱者男性』は、現実の女性と向き合う事ができず、アニメや漫画に逃避する人たちの事と定義しました。彼らは外の世界には出ず、日々をマスターベーションで過ごしながら死んでゆくわけですが、それがかえって劣った血を残さない事に貢献しているのです』


 ひょろ長い方の酔客がぶっとエールを吹き出した。


「とんでもない事を言うでござるなこの御仁。拙者、そんなことの為に日々を過ごしてはいないでござる。ただアニメキャラとロマンティクスしているだけでござる。ロマンティクスと自慰行為を同列に語るなど無礼千万。なぜならロマンティクスには、名前の通りロマンが存在するからでござる」


 彼の言うロマンティクスとは、愛し合う男と女が浜辺でロマンティクスすることである。もちろんナードオタク用語で、非オタカタギには通じない。


「ロマンティクスロマンティクスうるさいんだな。それよりさっきのキャスターが映ってるんだな」


 とは言え、画面に映ったキャスターは「え? これどう絡んだら良いの?」と言う顔をしている。当然ではあるが。


『つ、つまり漫画やアニメは必要悪だと言う事でしょうか?』


 若干質問のピントがずれているが、それは彼女を責められまいと思う二人である。しかしアッパーなんちゃら氏の暴走は続く。


『しかしそのような物がまともな・・・・人の目に晒されるのは重大なハラスメントです。よって漫画やアニメは隔離ゾーイングする必要があります。具体的には、これらの物は店舗に置かせませんし、放送もさせません』


 今度は二人同時にエールを吹き出した。


「冗談じゃないんだな。ロマンティクスを取り上げられたら、僕らはどうやってロマンティクスするんだな!?」

「落ち着くでござる。きっとこれは、政治番組ではなく、コントだったでござるよ」


 残念だが目の前のものはコントでは無かった。


『えっと、それなら欲しい人や見たい人はどうすれば……』

『そんな事、私は知りません』


 きっぱりと言い切られ、キャスターの顔は完全に引きつっている。


『ゾーイングの結果だれもあのような物が見られなくなれば、供給が切れて業界も弱者男性も消滅します。それはそれでいい事で……』

『ええと! CM入ります!』


 もう二人は怒らなかった。目の前で展開されているナニカに、リアリティを感じなくなっていたからだ。まさか名誉教授にこんなのがいるわけがない。

 残念だが、名誉教授にも”こんなの”は割といるわけだが。


『アッパーフィールドさんは、ピアネー社の新作、『hope.』を絶賛されていましたね』

『はい。まず主人公のアイシャが極めて普通の容姿である事が評価点です。女性を美しく描写するのは、男性の欲求に媚びる行為です。一方の王は美形の権力者。男性が自己投影する象徴です。彼が打倒されるのは、ジェンダーフリーの体現です』


 ちょっと何言ってるのか分からない。二人は頭を抱える。


「『hope.』がアレだったのはそう言う理由だったでござるか……」

「昔のピアネー作品には、魅力的なお姫様がいっぱい出てきたのに残念なんだな」


 酔客たちの感想をよそに、噛み合わない番組は続いてゆく。


『でも、王の魔法で動いている国で革命を起こしたら、庇護が無くなって大変な事になってしまうと言う批判もありましたが』

『なるでしょうね。大変な事に』

『えっ?』

『いいじゃない、この国にはもっと分断が必要です』


 言い返すのかと思ったら、あっさり認めるアッなんとか氏。不快な番組だと思ったが、こいつは別の意味で面白いかも。


『貧しくなればいいじゃない。私たちは豊かさに慣れ過ぎた。少し貧乏になるくらいがちょうどいいのよ』

『でも、先生の家は豪邸ですよね?』

『……』


 その時、ぷつっと映像が切れて「しばらくお待ちください」の表示。

 再び画面が戻った時、キャスターの机には、本人の代わりにぬいぐるみが置かれていた。


『世間では王が可愛そうなどと言う人がいますが、そんなものは家父長制への未練です。美形の魔法使いなど排除して、女性は女性自身の人生を生きましょう』


 アさんはぬいぐるみの頭をぽんと叩く。かちっと音がして、ぬいぐるみがしゃべりだした。


『hope.サイコー! あにめナンカ要ラナイ!』

『過去の名作をリメイクする時も、主人公は平凡な容姿にしたり、少数民族に演じさせるべきです。性的マイノリティにも役を与えましょう』


 かちっ。


『hope.サイコー! 名誉教授サイコー!』

「西方人種の男性は有能に描いてはいけません。それは少数民族や女性への差別に繋がります」


 かちっ。


『ソレデハ、次ノコーナーデス!』


 画面は再びCMとなる。狙ったかのような『hope.』の宣伝が流れていた。


「漫画とかってさぁ、前読んでみたけどくっそつまんなかったわ。絵も下手くそだし、認められたかったらもう少し頑張るべきじゃね?」

「そうそう、俺ならもっとまともなもん描けるもんね。ギャラは50万ターレットぐらいくれたら頑張っちゃうよ」


 変な輩が騒ぎ始めた。下品な大笑いにすっかり興が冷めた二人は、支払いを済ませて席を立つ。


「まったく、嫌な酒になったでござる」

「ミカンブックスでも行くんだな。予約済みの『がんばれマンデー』の受け取りを忘れてたんだな」


 酔客二人はとぼとぼと歩く。ひょろ長い方が何かを思い出したように手を叩いた。


「そうでござる。今月末には芸術学院のコンクールがあるでござろう」


 ふとっちょのほうも、にわかに機嫌を取り戻す。


「去年はだめだったけど、一昨年の劇は素晴らしかったんだな」


 我が意得たりと頷いて、ひょろ長い方が語り出す。


「見るに堪えないような作品も選ばれるでござるが、時々大傑作が生まれるのが楽しみでつい足を運んでしまうのでござる」

「ピアネー社もそこから興った会社だったんだな。カバが空を飛ぶやつは今も時々見に行くんだな」

「拙者はライオンとカワイ子ちゃんがダンスするやつが好きでござったなぁ」


 とにかく、楽しみだ。昨今の鬱憤から束の間解放された二人は、夜の街に消えて行くのだった。彼らの考えは同じだった。


「学生が作るものなら、ポリコレがどうとか関係ないんだな」

「左様左様、なにしろお金が絡まないでござるからな。アマチュア創作万歳でござる」


 二ヶ月後に公開される劇は、ランカスター芸術学院の文芸コンクール優勝作品が演劇化されたもの。基本的に脚本の穴などがあっても見逃され、オリジナルそのままで劇になることが多い。だからプロの作品とはまた違う楽しみ方が出来るのだ。


 とは言え、上機嫌な彼らはやがて知ることになる。アッパーフィールド名誉教授はただの異端者ではなく、多くの同志を従えていること。そして彼ら・・が、どれだけの力を持っているかと言う事を。

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