第44話「ポリコレってなぁに?」
”私は西方人種を不快にするのが大好きなのです”
とある演出家のインタビュー
Starring:ドロシー・ナツメ
いつもの空き教室。喧噪の中ドロシーは思うのだ。そろそろ焦る頃合いではないかと。
「ねえ先輩、マイナーですけど一押しのバンドがライブをやるんです。一緒に行きましょうよ」
今日も今日とて原稿用紙とにらめっこするナツメ・ユウキを誘うのは、オリガ・バラン。アニソンイベントの件で出会った子だ。
にいい子なのだが、最近
「いや、僕は仕事が入ってるから」
「いつものゴーストライターですね。私も手伝いますから、上げちゃいましょう。興味自体はあるんですよね?」
「お、おう」
凄い押しである。ブレイブ・ラビッツへの加入は辞退したものの、ユウキには絡む気満々らしい。
「いやあ、面白い事になってきましたなぁ。ついにユウキ先輩にも春がやって来たと」
面白おかし笑う”ボン”ことマルコ・ダジーニに扇動され、男女問わずニヤつき出す者が現れる。若干イラッとしつつ、間違いを訂正する。
「情報収集が甘いで。ユウキはかなりモテる方や。最近は変な
ドヤ顔で言ってやると、何人かが顔を見合わせていた。失礼な。ローラン王国から逃げて来る前、どれだけやきもきさせられたと思うのだ。
ふと、何かに気付いたようなマルコ。悪意なく問いかけてきた。
「姐さん、ひょっとして機嫌悪い?」
はい、悪いですとも言えず、ドロシーは作り笑顔でただ告げた。
「姐さんはやめーや」
マルコは更に何か言おうとしたが、スーファ・シャリエールの入室でそれは中止された。
「相変わらずたむろってるわね」
彼女は言うが、自分もそのたむろってる一人にカウントされている事には気付かないようである。
と言うか、彼女も要注意だ。一見ユウキ――スパイトフルとは正反対の方向に向いているようであるが、根っこの部分は限りなく近い。ただユウキは色々あって、正道からズレてしまっているだけだ。
だから、この2人が本当の意味で意気投合してしまったら。かけがえのない親友になるか、相棒になるか。それとも……。
「ねえ、ナツメ君。『hope.』って見た?」
ユウキの持つ万年筆がぴくりと動き、オリガが露骨に嫌そうな顔をする。まあ仕方がない、ドロシーもユウキと連れ立って鑑賞し、何とも微妙な顔で劇場を出たのは記憶に新しい。
「あー、見たよ。まあ良いんじゃないの。普通に楽しめたし」
彼が創作絡みでそう言う良い方をするときは、大抵「言いたい事があるけれど分かってくれないだろうから話を合わせよう」と言う時だ。要は、気に入っていない。
「ああ、音楽は素晴らしかったですよね? 『愚か者たちへ』とかカバーしたくなります」
オリガは音楽を切り口に作品を見るので、存外評価はそこまで悪くないらしい。ただし。
「クラン人を可愛そうな人として描くのはちょっと食傷ですね」
とクラン人の彼女が言う。
彼女らは北方民族の末裔だが、元が略奪で生計を立てていただけに偏見で見られがちだった。それも現在では大分緩和されているのだが。
まあ自分も正直楽しめなかった。主人公の描写とかは特に気にならなかったが、革命のお話は嫌だ。双方に不幸な結果しかもたらさないから。
「そもそも何で主役はクラン人で、悪役は西方種族じゃないといけないの?」
スーファの質問に、一同は黙ってしまう。
「まあ、共和国で暮らしてたらぶつかる問題やなぁ」
ドロシーの持って回った言い方に、スーファは本題に入るように促した。まあ彼女は聞いておいて怒り出すような人間ではない。
「”Policy of Coexistence with all Resident”って知ってる?」
いきなり政治家のような標語を持ち出されて、スーファは首をかしげている。
「”全ての居住者との共存政策”って意味よね? それ何か関係あるの?」
まあ、普通は関係あるとは思わない。この国の人々も数年前まではそう思っていた。
「僕らは頭文字をとって”ポリコレ”って呼んでるけどね。要は『この世界の全てが幸せになるように、誰かを傷つけるような表現は止めよう』って言う運動の事さ」
スーファは少しだけ戸惑った様子でユウキの言葉を咀嚼している様子。オリガが補足するように例えを出してきた。
「例えばハイパー戦隊って、最近は5人のうち必ずクラン人と東方系の俳優が使われますよね? あれもポリコレです」
「でもそれ、良い事なんじゃない?」
よく今ので説明が通じたと思うが、まあ頭のいいスーファなら意は汲み取れるだろう。
ユウキは小さく嘆息し、続けた。
「最初のうちはね。登場人物を多国籍にすれば奥行きが出るお話も多いし」
だが、雲行きが怪しくなってゆく。事実だからしょうがないが。
「だんだんやり過ぎるようになったんだ。主役は少数民族じゃなきゃいけない。西方系の人種や富裕層は間抜けに描くか敵役にせなきゃいけない。なぜって、西方人は恵まれている権力者で、かつてクラン人を差別してたからね」
スーファが眉間にしわを寄せる。話の飛躍どころではないのはドロシーだって分かっている。ポリコレを推進している者達は分かっていないようだが。
「主人公は容姿に優れていてはいけない。自身の容姿にコンプレックスを持つ人への差別になるから。障害者は有能に描かなければならない。障
「もういいわ」
頭を抱えているのだろう。スーファは話をいったん打ち切った。これは相当に混乱している。
「でも、そんな事したら作品がつまらなくなって売れなくなるんじゃないの?」
彼女は当然の疑問を口にするが、ユウキはそれを切って捨てた。
「つまらなくなろうが関係ないからさ。”ポリコレ的に『正しい事』”を推進すれば承認欲求が満たせるし寄付も集まる。作品を評価する文化人もポリコレ寄りが多いから、迎合した方が賞も取りやすい。賞が取れれば結局作品は売れる」
そう、見事なハメ技なのである。この構図を変えるには、ユーザーが声を上げるしかないが、今ひとつ問題が顕在化していないのが現状なのである。
聞くだけ聞いて、スーファは眉間を押さえた。
「なるほど、確かにクロエが怒るのも分かるわ」
ふと、ユウキの笑みに嗜虐的な色が浮かんだ。ほんのわずかに。
「本当に分かるのかい?」
これにはスーファも少しだけかちんときた様子だが、それ以上にユウキが何を言いたいか知りたいらしい。続きを促そうとする。
ユウキは彼女の事になると時折むきになる。ここは話を切った方が良さそうだ。
「せや、スーファっち。夏の課題は準備できたんか?」
少々無理矢理な話題転換だと思ったが、いつもの事なので気にはされなかったらしい。彼女は食いついてくる。
「課題? 期末試験なら多分大丈夫だけど?」
あ、やっぱり忘れているとドロシーは思う。忘れていなければもっと慌てている筈だ。課題の期限にはうるさいオリガが、話題に乗って来る。
「文学科は創作小説か脚本を提出ですよ? 一万字以上、十万字以下」
案の定スーファは固まっている。文学科は校内の脚本コンクールに全員参加なのだ。優勝すると、前座ではあるが一流の劇団がそれを演じてくれる。文学科の人間からしたら、憧れの的だ。
「僕はもうすぐ脱稿かな」
「私はもう提出しました」
文学科の二人はしれっと言い放つ。
別に提出しなければ単位は付かないだけで、他に補う方法は一応ある。だが彼女は校内に潜む怪盗集団、ブレイブ・ラビッツを追っている探偵。初めから課題を放棄して目を付けられるのも宜しくないだろうから。
「進捗はどうだい? 探偵さん」
弄る話題ができたと、ユウキがにやにや笑いを浮かべる。そしてオリガは容赦なく止めを刺す。
「提出は期末試験の最終日です。必ず間に合わせてください。
揶揄された誰かさん、ユウキ・ナツメは聞こえなかったかのようにからからと笑っている。
スーファは厄介な事になったと渋い顔をする。それはそうだ、スーファの人生で、今まで創作などしたことは無いだろうから。
それだけではない。さきほどユウキが指摘した、彼女が分かっていない事。
スーファは物語を作る為に
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