第43話「イケオジ王は警告する」

”最新作、期待してたんだけどなぁ。ヴィラン悪役以外ろくに書き込みが無いってどういう事かと思うよ”


新作映画『hope.』観客へのインタビュー



Starring:スーファ・シャリエール


 差し込んでくる斜陽を背に、少女探偵スーファ・シャリエールは書類仕事に打ち込んでいた。

 今回の仕事は浮気調査。下世話な仕事だからと言って馬鹿に出来ない。実は結構実入りが良い仕事だからだ。わざわざ浮気のためにプロを雇うのは、それなりの金持ちなのだ。

 調査結果は大成功。普通なら自分の仕事ぶりを褒めてやりたいところだが、ご夫人の浮気写真を突きつけられてむせび泣く依頼人を見せつけられてはそう言う気も無くなる。とは言え正式な報告書は書かねばならない。


 お茶を飲もうと手を伸ばし、空のティーカップに気付く。そう言えばクロエは今日休暇だった。押しかける形で助手を志願してきた彼女だが、スーファ自身もすっかり頼りにしている事に気付く。今更だが。


「お姉さまぁ!」


 バタンと玄関が開かれて、お休みの筈の助手が勢いよく飛び込んできた。また何か始まったなと、スーファは万年筆を置く。


「あれじゃ王様が可愛そうです!」


 王様? 言うまでもないが、この国に王はいない。革命のときに追い出されて旧帝国に亡命した。以来王家の血も薄まりつつあると言う。


「分かったから、まずは落ち着いてちょうだい。それから」


 スーファは立ち上がり、応接用のソファーに腰掛ける。


「紅茶を入れてくれない?」


 この時は、ちょうど飲みたいときに助かったくらいの感覚であった。そんな怠け心に神様が怒ったのか、面倒くさい展開になってゆくわけだが。


「良い人で善い王様だったんですよ? 強迫観念で魔獣を蘇らせたりしましたけど、それも国を守ろうとしての事なんですよ? 懲らしめるのは分かるけど、宝玉に封印して埋めてしまうってあんまりです!」


 話が見えてきた。どうやら今日見てきた演劇の話らしい。たしか『hope.』と言ったか。脱力したが、彼女にそれを気付かせるわけにはいかない。

 クロエの不満は、物語の悪役にあるらしい。基本善人で、今までも善政を行っていた。しかし魔法の力を国防に使おうとし、あくまで話し合いにこだわる主人公の少女と対立。一部の国民が同調したため、焦りから伝説の超竜を目覚めさせてしまう。そこで主人公が奇跡の力で超竜ごと王様を封印してハッピーエンド。確かに後味悪い。


「王様はとっても可愛いんです。ちょっと自己陶酔がひどいけど、陽気で頑張り屋さんでいつもおどけてて」


 どうやらクロエは、その王様のキャラクターを気に入ってしまったらしく。スーファとしてはどうも、どこぞの怪盗団の頭目を思い浮かべてしまう。あれが可愛いか?


「でも、確かに物語としてはやり過ぎ感あるわね。ピアネー社って言ったら最大手の劇団じゃなかった?」


 スーファも演劇業界について詳しいわけでは無かったが、トップの名前くらいは知っている。まあ、どんな大きな会社でも駄作を作る事はあるだろう。


「まあ、たかが・・・演劇じゃない。次のはきっと面白いわよ」


 スーファとしては慰めたつもりだったが、クロエはぷーっと頬を空気で一杯にした。


「たかがって、他の演劇ではもう王様に会えないんですよ?」


 確かに「たかが」は言いすぎだったかも知れない。

 スーファはフォローしようとして――墓穴を掘った。


「大丈夫よ、魅力的なキャラクターは他にもいるじゃな……」


 彼女が言葉を止めたのは、クロエのふくれっ面がしょげた表情に変わったからだ。今度は何が悪いか思い至らない。


「王様はあの物語にしかいないんです」


 正直だからなんだと思ったが、彼女として大切な事なのだろう。理解できない感覚であっても。

 謝罪しようとしたが、クロエが告げた。絞り出すような言葉を。


「お姉さまはいつも凄く優しいのに、お話のことになると時々とっても冷たいです」


 クロエはスーファのティーカップに手を伸ばし、ぐーっと飲み干してしまう。それから自分の机について、書類仕事を始める。今日はお休みなのに。


(なんか、熟年夫婦の痴話喧嘩みたいね)


 さっきの浮気調査の夫婦も、こんな会話を繰り返していたのだろうか。 

 下らない考えを頭から追い出す。結局紅茶は飲めなかった。


 ふと、テーブルの上に置かれたパンフレットに気付き、パラパラとめくってみる。脚本家と監督のコメントが目に留まった。


『王は西方系人種であり富裕層の男性です。彼らは強権的に振舞い女性や弱者を虐げてきた歴史があります。少数民族クラン人、そして女性である主人公アイシャが王を打倒する。それは多様性を実現させるための重大なメッセージになります』


 多様性? 多様性は大事だろうが、なぜ富裕層の男性がクラン人の女性に封印されるのが多様性なのだろうか? 学院の後輩にもオリガ・バランと言うクラン人がいるが、別に西方系の富裕層に喧嘩を売って回ったりしない。


『そして、決して武力に頼らない。その誓いを込めたのがこの『hope.』です。だからこそ、力に頼った王はアイシャに封印されなければならなかったのです』


 封印に使用した力も暴力は暴力では? なんか色々腑に落ちない。


 良くわからないので、明日にでもユウキ・ナツメの意見を聞くとしよう。テンション高く解説するしたり顔が大変むかつくのだが、彼に聞くのが手っ取り早いのだから仕方がない。


 それにしても。


『お姉さまはいつも凄く優しいのに、お話のことになると時々とっても冷たいです』


 クロエの言葉が耳に残った。それなりにショックを受けている自分に驚きつつ。スーファは自分の紅茶を入れる為、席を立った。

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