第39話「罠」

”大人も子供も、喝采しましたね。警官ポリにテレビを取り上げられた後だったから”


ランカスター市民のインタビューより



「〔アルミラージ〕、北東地区の住宅地に出現しました」


 右往左往する南北の警察署に比べ、有害表現監査室の指揮所は冷静だった。前代未聞の事態に関わらずだ。


「正司教、この後のルートはどうなると思われますか?」


 正司教ユリアは優雅にティーカップを置く。今度は教義で認められたハーブティーを出してくれた。世界は少しずつ理想に近づいている。


 ユリアの指がランカスター市の地図をなぞった。


 ランカスターは円形の都市である。これは王政時代の城壁を一部利用しているからだ。

 まず、街の周囲を環状鉄道が取り囲んでおり、1時間から90分程度で一周する事が出来る。同じように東西を結ぶ路線が存在し、南北の移動は蒸気バスに頼っている。


 円の中心に当たる旧王城は、南側を公官庁が、北側を市民の憩いの場として中央公園の名で開放している。芸術家の卵が利用するエラト広場もこの一区画にある。


「私ならこのまま時計回りにランカスターを一周するでしょう。北西地区にはスラムと工業地帯。南西地区には繁華街、南地区には上流階級の住宅地があります。私がラビッツなら、それらすべてに歌を見せつけたいと思うでしょう」


 装備や機材に恵まれていると言っても、ラビッツは所詮抵抗者。追い立てられる方だ。

 攻撃のチャンスを見出したなら、それを最大限の戦果に変えようとする。つまり、欲をかく。


 それが終わりの始まりだ。


「何処で仕掛けます?」


 仕掛けるなんて、野蛮な言い方。


 そう思いもするが、彼はまだ創世皇そうせいおうの祝福を受けていない。1年も聖都で海岸掃除の功徳を積めば、清らかな心になってくれるのにと残念に思う。


「旧市街です。幾ら彼らでも街の中心地である官庁街に降り立つ勇気はない筈です。そのまま南部の高級住宅地を突破して旧市街に降り立つでしょう。あの辺りで条件に合う場所を探してください」


 一度市外に逃れる手もあるが、それをやってしまうと次に活動する時、検問を抜けて再度市内に持ち込まなければならない。今回でお役御免と言う訳でないのなら、使用後に市内の何処かへ隠そうとするはず。

 ならば、他に選択肢はない。


「協力感謝します!」


 監察室の士官たちは一斉に席を立ち、人員やロボットの配置を手配してゆく。


 これでいい。

 これで良いのです。


 いつのまにか。ユリアの唇は弧を描いていた。


「何か、嬉しい事でも?」


 ハーブティーを注ぎながら、若い監査官が尋ねた。

 話し相手を欲していたのか、ユリア自身に興味があるのか。後者なら応える事は出来ない。自分が伴侶を得るのは聖地転生を終えた先と決めている。


「そうですね。ひょっとしたら昔知り合った大切な人を思い出していたのかも知れませんね」

「大切な人、ですか?」


 若干の落胆を混ぜつつ、監査官が聞き返す。


「そうですね。もうずっと会っていません」


 それだけ返して、あの人の顔を思い出す。


 分からず屋の人。とってもいじっぱりの人。

 価値なんかない、どうでもいい事に固執して自分の下を去ったバカな人。


(さあ、出ていらっしゃい。もうお遊びの時間は終わったのよ?)


 しかし、思考は現実に引き戻された。まるで襟首をつかむように。

 駆け込んできた監査官は、上擦った声で報告した。とんでもない報告を。


「せ、西南地区、旧市街にも〔アルミラージ〕が出現しました!」


 ユリア・リスナールは、この時初めて動揺を表に出し、ティーカップを取りこぼした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ランカスター市南ブロック、青天井区画


 一台のパトカーが、高級住宅地を疾走していた。警察署の統制を離れて。


「やっぱり”あの女誰かさん”はスパイトフル意地悪な奴の手を読み切らなかったわけね!」


 検閲官の飛ばす無線を拾いつつ、スーファ・シャリエールは勝ち誇った笑い見せた。

 窓から身を乗り出して夜空を見上げる。もう夜空でも何でもない。霧の中から極彩色のライトがそこらじゅうを照らし、大音響が街を包んでいる。大狂乱だ。

 おかげでラビッツがバカ騒ぎを終えたタイミングで彼らを逮捕できる。FWF関係者の救済を邪魔しないというクロエとの約束も果たせるわけだ。


「お姉さまは、トリックが分かったんですか?」


 運転席のクロエが問うてくる。アクセルを踏み切っているのに余裕な顔で。


「トリックなんて言えるもんじゃないわよ。最初に出現したやつが本物。後は宣伝用のバルーンにラジオとスピーカー、ついでにライトを積み込んで飛ばしたのよ」

「え? じゃあ検閲官センサーは偽物に右往左往しているって事ですか!?」

「ええ、ユリア・リスナールも良いセン言ってたけど、少々相手を舐めすぎてたみたいね。ざまみろよ!」


 負けず嫌いここに極まり。

 後で烏丸署長からそんな事を言われるだろうが、自分が読み勝ったから自分の勝ちなのだ。


「でも、どうしてお姉さまは気付いたんです?」

「それも簡単よ。かく乱に使えそうな手段を全部書き出して潰していっただけ」


 問題は〔アルミラージ〕の出現場所が分からなかった事だが、着地点は予想がついている。

 もしかしてユリアは地図だけ見ていたのかもしれない。だが、こちとらギリギリになるまで足を動かしていたのだ。

 私立探偵なめんなよ!


「でも、向こうは〔アルミラージ〕がいるんですよね? どうやって倒すんですか」


 いけ好かない誰かさんへの勝利宣言はなし崩しに中止された。それは埋められない穴だったりする。こちらが個人で、向こうが組織と言う点において。

 警察も検閲官も、偽の〔アルミラージ〕に振り回されて一か所に人員を集中するのは無理そうだ。頼みの綱の烏丸も、今回は指揮権を事実上取り上げられていると言うし。

 一応は連絡を取ったから、ロボットの1体も回してくれるかもしれない。


「まあ、何とかなるでしょう! とにかく急ぎましょう助手一号!」

「はい! お姉さま!」


 更にアクセルが踏み込まれ、パトカーは疾駆した。マフラーから悲鳴のような蒸気を吹き出しながら。


(オリガの件、きっちり問い詰めさせてもらうわ! 手錠に繋いでね)


 向かう先は工場街の第6公園。

 スーファが推理した、〔アルミラージ〕の着陸場所はそこだ。

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