柏堂一(かやんどうはじめ)

「この箱は何だ?」


 交番でお巡りさんが光を一切反射しない真っ黒な箱を前にして言った。


「こんなに黒い箱は見たことが無い。まるで漆黒の闇のようだ」


「いや、お巡りさん。漆黒とは文字通りうるしで塗った黒ですよ。光を反射します。これは漆黒じゃないですよ」


 きっとお巡りさんは、覚えたての言葉を使いたがる子供のように漆黒と言いたかっただけなんだろうと僕は思った。


「では艶消し黒だな」


 お巡りさんはつまらなそうに書類に書き込んだ。僕はマットブラックと言いかけたが、話が長くなりそうだからやめた。


 縦横奥行きがそれぞれ15cmほどのその箱は、舗道の植え込みに生えていた雑草の中に隠れるように落ちていた。


 その箱の落ちていた場所だけ時空が落ち込んでいるように見えて、光を一切反射しないその箱に光とともに吸い込まれそうだった。


「中は空洞のようだが、どこにも開ける所が無いな」


 お巡りさんは箱を持ち上げて振った。何も音はしなかった。


「軽いな。中身はからのようだ」


 確かにその通りだ。僕はその箱を拾い上げた時、見た目の重厚さと箱の軽さとのギャップに戸惑った。


「しかし何か凄く大事なもののように思える」


 そう、僕もその箱を見たときに、使われなくなった空き箱が捨てられているだけだとは思わなかった。お巡りさんもそう思ったようだ。


 僕とお巡りさんは、箱を隅々まで調べて、どこかにこじ開ける隙間が無いか探した。しかし、どこにも隙間は無かった。


「だがこれはゴミではない」


 お巡りさんは確信を持って、けれども相変わらずつまらなそうに言った。


「持ち主が現れたら中身を見せてもらおう。もちろん任意だけどね」


 書類を書き終えると「拾得物件預り書」を僕に渡しながらお巡りさんは続けた。


「持ち主が現れず、この箱が君のものになったら開けてくれるかい?」


「構わないです。でもどうやって?」


「箱を壊せば良いんだよ」


 

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