第7-2便:根回しのミーリア

 

 でも彼女の根回しがしっかりしているのは事実だと思う。おかげでみんなは円滑に物事を進められる。機械における潤滑剤グリースのような役割だ。


 そうだ、ふたつ名が『グリースのミーリア』だったら受け入れてくれるかな? あるいは単純にコードネーム『グリース』とか?



 …………。



 ……………………。



 うん、それは私の心の中だけに収めておこう……。


 私は軽く咳払いをして気を取り直し、グリ――じゃなくて、ミーリアに問いかける。


「で、ミーリア。私に話って何?」


「それに関係することなんだけど、まずはシルフィに報告。来年度の公用船はルーン交通が運航を担当することに決まったよ」


「えっ……。そ……そうなんだ……」


 そういう可能性も覚悟していたとはいえ、私はミーリアの言葉を聞いて一瞬だけど頭の中が真っ白になってしまった。やっぱりその現実を伝えられると、それなりにショックがある。


 心がモヤモヤする。納得は出来ない。なんか悔しい。でも状況を考えたら仕方ないと思う面もある。


 なにより私には後悔が残っている。もし私が劣化した魔鉱石の存在に出航前の段階で気付いていたら、違った結果になっていたのではないか、と。


 過去は振り払って前を向いて進んでいたつもりだったのに、やっぱりまだ完全には立ち直れていないんだなぁって自覚する。


 でももう落ち込みっぱなしでいるつもりはない。まだまだ未熟な私にそんな暇なんてないから。失敗は失敗として忘れないように、でもその失敗を乗り越えて成長し続けることが大切だから。そして失敗を繰り返さないようにしたいから。


 私は深呼吸をして、あらためてその想いを胸に刻む。


 するとなぜだか心の中がスッキリして、何事にも負けない気持ちが湧き上がってくる。もう大丈夫だ!


「俺はやはり納得がいかないな。ヤツらはあんな酷いことをしたのに、何のおとがめもなしどころか公用船運航の契約まで勝ちとるなんて」


 ライルくんの声は落ち着いているけど、その中には激しい怒りが混じっているように感じた。


 当時は自分の所属していた会社だからこそ、その関係者が機械に細工をしたことが許せないんだと思う。彼は整備師として、機械に人一倍強い想いを持っているから。


 一方、ミーリアも落胆したような表情になって冷たく言い放つ。


「……残念ながら、証拠がないですからね。実は拘束した実行犯のうち、ひとりはルーンの指示を匂わせる証言をしそうになったらしいんですが、何者かによって消されました。捜査に支障が出るので詳細は話せませんが」


「口封じされたのかっ!?」


「それ以降、ほかの実行犯たちは死を恐れて完全黙秘。そうなると実務試験での結果だけで判断せざるを得ません。当然、何のトラブルもなく運航したルーン交通が選定されるのは自明の理でしょう」


「くっ……っ!」


「それにリバーポリス市の役人や権力者の中には、やはりルーンと通じている者もいるようです。ルーン交通への選定に傾いた流れをひっくり返すことは難しいです」


 それを聞いたライルくんはすっかり押し黙ってしまった。


 もはや打つ手なしなのは、私にも分かる。ルーンによる妨害工作を受けたという決定的な証拠がない限り、逆転への突破口は開かないから。


 魔導エンジン内に残っていたススとルーンの敷地内にあった劣化した魔鉱石のススが一致したという事実はあるけど、あくまでそれだけ。犯人の特定には繋がらない。


「もう……どうにもならないんだよね……」


 私は肩を落としながら呟いた。言葉にならない無力感が私の心を包んでいく。


 でもその時、ミーリアはなぜかキョトンとして首を傾げる。


「はい? シルフィ、私やフォレスがやられっぱなしでいると思う?」


「えっ!?」


「実は公用船とは別に、必要に応じて貸切船を仕立てることを私は市長に進言したんだ。警備上の問題があるから、一般職員や軽貨物は公用船、市長や重職者は貸切船という感じに役割を分けてはどうかってね。で、その意見が通った。貸切船の運航は随意ずいい契約ということになったから、私が市長秘書権限でソレイユ水運を指名した」


 ミーリアはこの重大な話を何食わぬ顔でサラッと言い放った。


 冗談なんじゃないかと思って私が目を丸くしながら彼女を見ても表情を一切変えない。むしろ何を驚いているのとでも言いたげな雰囲気。


 相変わらず色々と根回しをしたんだろうなぁ。しかも彼女の反応を見る限り、それを苦もなく完遂させたに違いない。その実行力には目を見張るものがある。ミーリア、恐るべし……。


「でも競争入札じゃなくて、随意ずいい契約でソレイユを指名しちゃっていいの? あとで問題が起きない?」


「市にとって重要な人たちの命を預けるんだもん。運航するのは信頼できる会社じゃなきゃ、ね? 少なくとも、怪しい連中を使って他社の運航を妨害するような会社には任せられないでしょ。――って感じで、ルーンの疑惑の事実を踏まえて市長を説得した」


「っ!? さすがミーリア! それなら疑惑がある時点でルーンの印象は良くないし、ソレイユには今まで公用船を運航してきた実績があるもんね!」


「そういうこと! もっとも、貸切船は運行回数に応じた運賃の支払いになるから、年間契約の公用船運航と比べるとソレイユの収入は1割くらい減っちゃうだろうけどね」


「それでも経営への大きな打撃は避けられるよ!」


 私は興奮して思わずミーリアに抱きついてしまった。そして一緒に跳び上がって喜びを共有する。もちろん、彼女も嬉しそうな顔をしてくれている。




 ……ただ、その直後に私は重大なことを思い出した。それは私の着ているツナギの汚れが、彼女のスーツに付いちゃったかもしれないということ。もはやあとの祭りだけど……。


 もしクリーニングが必要になっちゃったら謝って、自腹で弁償しよう。



(つづく……)

 

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