第5-4便:想定外の再会!

 

 こうして魔導エンジンが不具合を起こした原因を突き止め、今後の方針も決まった。そのおかげか、私は驚くほど心が軽く感じる。それになんだか楽しい気分だ。


 するとそんな中、不意にディックくんが立ち上がってライルくんに深々と頭を下げる。その意図が分からず、私もライルくんもポカンとしてしまう。


「あらためてになるが、ライル。先日のレストランでは悪かった。俺は頭に血が上っていた。どうか許してくれ」


「――フッ、気にするな。さっきも言ったが、俺ももう少しシルフィに対して配慮すべきだった。俺にも非がある。だからこの件はノーカンということにして、お互いに忘れないか?」


 眉を開き、手を差し出すライルくん。それを見たディックくんは少し戸惑っている。


 肩すかしを食ったというか、その寛大な提案は彼にとって想定外だったのかもしれない。だからこそ遠慮がちに問いかけ直す。


「お前がそう言うなら俺は構わんが、それだと殴られ損なのではないか?」


「損とか得とかどうでもいい。あの時も言ったが、お前を殴って手を怪我をするのは困る。それに負の連鎖はどこかで断ち切らねば終わらないしな」


「…………。お前、意外にいいヤツなのかもな」


「意外にというのは余計だ」


 ふたりの間に流れる一瞬の沈黙――。


 直後、ふたりは顔を見合わせながら楽しげに笑った。そして強く握手をする。それを見ていると私まで心が温かくなってくる。


 なんだか男子同士の友情っていいな。固い絆で結ばれているというか、想いで繋がっているような印象を受けるから。打算みたいなものがほとんどないって感じだし。


「良かった。ふたりが仲直りしてくれて私も嬉しい。そうだ、近いうちに3人で一緒に楽しく食事をしようよ。いいよね?」


「まぁ……シルフィがそう言うなら……。では、スケジュールはアルトに調整させるとしよう」


「俺はひとりで静かに食事をする方が好きなんだが、せっかくのシルフィからのお誘いだからな。考えておこう」


「うんうんっ! 私、その日が来るのが今から楽しみだなぁ」


 私はディックくんとライルくんの手を握り、小さく跳び上がってはしゃいだ。ふたりとも少し照れくさそうにしながら当惑しているけど、楽しいことなんだからいいよね?


 私の右手にはディックくん、左手にはライルくん。こうして繋いだ手のように心が繋がっていくのって、なんて素敵なことだろう。これがもっともっと広がっていったら最高に幸せだ。


 その後、しばらくして私たちは手を離してそれぞれの椅子に座り直した。そしてアルトさんに淹れ直してもらった紅茶を飲みながら、まずはディックくんがライルくんに話しかける。


「で、ライルはそもそもここに何をしに来たんだ?」


「おっと、そのことをすっかり忘れていた。フォレスさんから頼まれていた仕事が終わったのでな。その成果を持ってきた」


「ライバル会社の社員に仕事を頼むとは、フォレスも大胆なヤツだな」


「フォレスさんも俺と似たところがあるからな。会社の違いにこだわらず、魔術整備師全体のことを考えて行動をする人なんだ。だからこそ気が合うし、俺は尊敬している」


「つまりその仕事も魔術整備師全体のためになる何かということか」


「あぁ。そういう意味でフォレスさんはフォレスさん個人として、俺というひとりの魔術整備師にこの仕事を依頼してきたと捉えている。ただ、やはり同僚たちの目もある以上、表立ってこのブツを運ぶのは抵抗があるのでな。こうして闇夜に紛れて持ってきたというわけだ」


 確かにルーン交通の社員であるライルくんがソレイユ水運のドックへ何かを運んでいる姿を誰かに見られたら、あらぬ噂を立てられたり誤解されたりするかもしれないもんね。


 いくら本当に個人と個人の間での業務委託契約だとしても、やっぱり全員がそう捉えてくれるとは限らないから。事情を知らない人だって多いわけだし。


 それはそれとして、周りをあまり気にしないライルくんでもこういうことは意識するんだなぁというのがちょっと意外な印象だ。


 また、私が気になるのは、彼が運んできた物の正体だ。台車に載せているということは、それなりの重量があるということなんだろうけど……。


「ねぇ、ライルくん。社長から頼まれていた仕事って何? その台車に載せられているものが関係してるんだよね? 布が掛けられてるけど、それは何なの?」


「シルフィなら見れば一瞬で分かる」


 そう言うと、ライルくんは台車の上にある物に掛けられていた白い布を外した。


 露わになったのは、くすんだネズミ色をしている大きな塊。表面はわずかに金属光沢を放っていて、いくつもの管やボルト、ナット、シャフトなどが複雑に絡み合った形をしている。そしてそれらは互いに連動し、ひとつの装置として完成されている。


 この美しくて芸術的とも言える物体に私は見覚えがある。魔導エンジンだ。


 しかもこれは一般的に流通しているものじゃない。各所に個性と工夫の詰まった独特の形状。まさかまた出会えるなんて信じられない!


 瞬時に興奮は最高潮に達して、全身の血液が踊り出す。


「こっ、これはっ!? ディックくんを助けた時に使った新型の魔導エンジン!」


「正解だ。ただし、全てのパーツは俺が新たに組んだものだから『同一機』ではなく『同型機』ということになるな」


「そ、そういえば、よく見るとところどころ見知らぬ構造になっているような……」


「基本設計はそのままだが、改良した方が良いと感じた部分には俺なりのアレンジを加えてある。だから厳密には『同型機・改』だな」


「っ! み、見ていいよねっ? 触っていいよねっ? 調べていいよねっ!?」


 私は目の前にある魔導エンジンに顔を近付け、優しく触れながら各パーツをじっくり眺めていった。



(つづく……)

 

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