第5-3便:似た者同士の和解

 

 そのあと、彼は燃料系パーツに残っていたススと今回の実験で生じたススを点検魔法チェックで調べる。そしてそれが終わると、ライルくんは閉じていた目をゆっくりと開けて重苦しい声を漏らす。


「……当たりだ。ススの成分の適合率は約93%だ。使用状況などによる誤差を考えれば、同一のものと言っていい。不具合の原因はこの劣化した魔鉱石で、それを誰かが仕込んだ。もちろん、これだけでは犯人の特定には至らないがな」


「だが、ある程度の絞り込みは出来たんじゃないのか? お前が持ってきた魔鉱石と同一のものということなんだからな。それの出所はどこだ?」


 ディックくんの問いかけに一瞬、ライルくんは間を開けた。でもすぐにハッキリとした口調で言い放つ。


「俺が解体した廃船の燃料タンク内に残っていた魔鉱石だ。うちのドックの敷地内に積んである。ただ、そこに部外者は入れない。忍び込んだなら不可能ではないがな。おそらくそこから誰かが持ち出して、『グランドリバー号』の燃料タンクに仕込んだんだろう」


「つまり犯人はルーンの関係者である可能性が濃厚ということか。まぁ、こんなことをして得をするヤツはそれぐらいだからな」


 ディックくんの正論で厳しい言葉。ライルくんはきっと私以上にツライ気持ちでいるだろう。


 だって犯人は自分の所属している会社の関係者で、その犯行に使われたのは自分が仕事で関わったものだったんだから。


 しかも彼自身はうかがい知らなかったこととはいえ、見方によっては結果的にその片棒を担がされたようにも捉えられる。私も掛けてあげられる言葉が見付からない。


 沈黙に包まれるドック内。鉛のように重くてピリピリとした空気が流れる。


「で、ライルよ。これからどうする?」


「市の担当者へ訴え出る! そして犯人を捜査してもらう! シルフィへの侮辱、機械への冒涜ぼうとく、なにより魔術整備師としての俺の誇りを傷付けた! 俺はこんなことをするヤツを絶対に許さないッ!」


 一転してその場には怒りを爆発させたライルくんの大声が響き渡った。鼻息も荒く、今にも飛び出していきそうな雰囲気だ。目も血走っていて、今の彼はちょっとだけ怖い。


 でもそれとは対照的に、ディックくんは落ち着き払ったまま涼しい顔をして彼の前に立ち塞がる。


「落ち着け。もし市の関係者の中にルーンと繋がっているヤツがいたら、もみ消されて終わりだ。懇意にしている貴族からの横槍だって入るかもしれん。貴族の俺が言うのだから説得力があるだろう?」


「フッ、それは自虐か? だが、俺は権力になんか屈しない!」


「やれやれ、お前も頭に血が上ると見境がなくなるな。そういう意味では俺とお前は似ているところがあるのかもしれん。いいか、騒げば口封じをされるかもしれんぞ。それはライルだけでなく、この話を知っている俺もシルフィもアルトもな。それでもいいのか?」


「っ!?」


「こんな汚いことを臆面おくめんもなく実行する連中だ。自分たちの欲望を満たすためなら、その障害となる者の口封じくらい躊躇ちゅうちょせずにやるだろう。思い出せ、俺たちの誰もが代わりはいない。さっきお前自身が言ったことだ。冷静になれ」


 静かな中に強くて熱い気持ちを含んだ言葉がディックくんから発せられた。真っ直ぐにライルくんを見つめ、表情と空気でも訴えかける。


 それは横で聞いている私でさえも、ハッとして心を動かされるような力を持っている。


 事実、その直後にライルくんは息を呑み、暴走しかけた怒りが少しずつ静まっていった。そしてばつが悪そうに薄笑いを浮かべる。


「……まさかお前に説教されるとはな。だが、ディックが言っていることは正しい。その通りだ。俺もまだまだ未熟だな」


「これは俺の個人的な意見なのだが、とりあえずフォレスに相談してみるのはどうだ? ヤツなら悪いようにはしないだろう」


「あっ、私もディックくんの提案に賛成! 社長の判断を仰ごうよ。少なくとも私たちだけじゃ、どうにもならなそうだもん」


 すかさず私もディックくんに同調した。だって社長は困った時の切り札というか、彼ならなんとかしてくれるという絶対的な安心感を私は持っているから。


 それに社長が上手く立ち回れない事案なら、誰がやってもダメなような気がする。


 そんな期待度120%で社長を推す私たちを見て、なぜかライルくんは頭を抱えている。


「ディックもシルフィも、この話を知る人間には危険が及ぶ可能性があると理解しているよな? それなのにフォレスさんを巻き込むのはいいんだな……」


「そこは……まぁ……これも運命だと思ってもらうしか……。社長だし……」


「フォレスなら上手くやるさ。実際にその能力はあるし、不思議とそう感じさせる雰囲気もある」


 その私たちの言葉を聞いたライルくんは思わず大笑いする。


「はっはっは! 違いない! 現時点では最善の策だろうと俺も思う。よし、このことはフォレスさんに相談して、対応を丸投げしてしまおう」


「フォレスも災難だな。ま、最初にヤツを推した俺が言っても説得力はないが」


 直後、私たち3人はお腹を抱えて笑った。今ごろ社長はどこかでクシャミをしているに違いない。


 でもこれで場の空気はすっかり明るくなって、みんなの心の中から霧は完全に消え去っている。もちろん、これから新たな不安が生じることもあるだろうけど、その時はまた協力して乗り越えていけばいい。



(つづく……)

 

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