第3-2便:忍び寄る異変

 

 ブライトポートを出発するとしばらくは河岸沿いに街並みが続き、途中では小さな川や運河も合流してくる。大小の船の行き来も活発だ。そうした一帯を抜けると今度は田園風景が広がって、遠くには山々も見えるようになってくる。


 この付近は川の流れが緩やかで線形も整っているので、船はスピードを上げて距離と時間を稼ぐ。一方で人里から離れる分、動物やモンスターと遭遇する可能性も高くなるので気は抜けない。


 万が一に備えてこうした地域を通る船には最低限の武器や防御装置などが用意してあるけど、基本的には戦わずに逃げるよう会社から指示されている。戦闘をするのはどうしても避けられない場合のみ。


 しかもその時だって相手を倒すのではなく、逃げるチャンスを作るために戦うのだ。乗員や乗客の安全が第一だし、転覆しないように船体だって守らなければならない。状況によっては接岸してお客さんたちを避難させることもあり得る。


 だから私を含めて閑散地域を通る船を担当する乗員は、ある程度の戦闘の心得を身に付けている。当然、この船に乗っているということは、社長やルティスさんもそれなりに戦えるということだ。


 私はふたりが戦う姿を見たことがないし、見るような出来事が起きない方がいいんだけどね……。


 もっとも、乗員で対処できないような凶暴なモンスターが襲ってくることは滅多にないので、過度に心配する必要はない。なぜなら水運会社組合が冒険者ギルドに依頼して、定期的に航路沿線のモンスター討伐をしているから。


 その報奨金には国からも補助が出ていて、そうした依頼を専門に受けている冒険者さんもいるらしい。確かに大きなクエストと比べれば儲けは少ないけど、生活するには充分な対価を確実に得られる仕事だもんね。


「――ん?」


 その時、舳先へさきに座っているクロードが身振り手振りで私に合図を送ってくる。


 あれは取舵とりかじ(舵を左に向ける)で進路を変えろという意味だ。きっと水面近くに漂う水生動物か水生モンスターを発見したのだろう。ある程度の大きさがある漂流物だったら、私でも目視で発見できるはずだし。


 私はわずかにスピードを落とし、操舵輪を操作して進路を変えた。これにより船は川の左寄りに進んでいく。


 程なく右前方には人間と同じくらいの体長がある水生モンスターの姿が見え、私は衝突しないように注意しながらその場を回避する。


「あれは『デスアリゲーター』か……」


 ヤツらはワニによく似た形をしていて、噛み付きや尻尾、体当たりによる攻撃が強烈なモンスターだ。ウロコも頑丈だから物理攻撃は効きにくい。


 一方、魔法攻撃への耐性は低く、電撃系や氷系には特に弱い。だからちょっと魔法でおどしてやれば、たちまち逃げていく。これはこの地域の川で船に関わる仕事をしている人間にとっては当たり前の知識だ。


 逆に言うと、対処法を知らないと中級の冒険者でさえそれなりに苦戦する相手でもある。


「あれだけ離れた位置からデスアリゲーターを発見するなんて、さすがクロード」


 水面には体の一部分しか出ていなかったから、もしクロードからその存在を教えてもらわなかったら私を含めて大抵の操舵手は気付かなかったと思う。


 もっとも、船との大きさの差を考えれば、最接近すれば相手の方から逃げていくだろうけど。


 もちろんそれは確実なことではないし、虫の居所が悪ければ襲ってくることもある。だから適度に距離を保って回避するのが無難な選択と言える。


「さて、進路を戻さないとね」


 デスアリゲーターをやり過ごした私は、操舵輪を操作して船の進路を川の右寄りへ戻した。


 というのも、レイナ川は基本的に右側通行なので、そのまま左寄りを進んでいると下流へ向かう船がやってきた時に衝突してしまう危険性があるから。


 こうして進路を戻したあとは、落としていたスピードも上げていく。これで通常の運航状態へ復帰だ。



 ――でもその直後のことだった。



 何の前触れもなく発生した不可解なトラブル。なんと魔導エンジンの出力が急激に下がったのだ。当然、私は動力ハンドルはもちろん何も操作をしていない。


 何事かと思っていると今度は出力が元の状態に戻り、それが数秒続いたあとには再び下がる。その繰り返し。結果、船には前後へ波を打つような振動が生じてしまう。


「えっ!? えぇっ? どういうことなのっ?」


 突然のエンジンの不調に私は戸惑った。


 出航前の確認作業ではどこにも異常がなかったからこそ、余計に混乱して私の頭の中はグチャグチャになる。思わず狼狽うろたえ、どうしていいか分からなくなる。



(つづく……)

 

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