第2-9便:気になる人影

 

「ところで、シルフィさんたちはこれからどちらへ?」


「社長やルティスさんと一緒に夕食へ出かけるんです。――あっ、そうだ! ミーリアさんもいかがですか? 先日の昼食ではディックくんとライルくんのことで気を遣わせてしまって、そのお詫びもしたいですし」


 それを聞くと、ミーリアさんは寂しそうな瞳をしながら首を横に振る。


「……ごめんなさい。今回は遠慮しておきます。実務審査中に審査担当者が利害関係者と個別な接触をするのは好ましくありませんので。プライベートな時ならにご一緒するんですけどね」


「ふふっ、ミーリアさんって社長たちから聞いていた通りの人ですね。普段は温かな性格だけど、公私混同をせずにキッチリしてるって」


「そうなんですか? 自分では当たり前の対応をしているだけなんですけどね」


 ミーリアさんは苦笑いをしながら指で頬を掻いた。


 でもなんとなく彼女の気持ちも分かるような気がする。私だって自分の性格について何か言われたとしても、完全に納得できるとは思えないから。


 やっぱり自分自身の捉え方と他者の捉え方は違うだろうし、きっとそれが普通なんだ。


「では、近いうちに夕食をご一緒するという約束をしておくのはどうですか? 私、ミーリアさんともっとたくさんお話をしたいです」


「はいっ、ぜひ! その時はよろしくお願いします」


 ミーリアさんは私の右手を両手で握って小さく振った。柔らかくて温かな感触が肌を通して伝わってくる。同姓だけどなんだか胸がドキドキしてしまった。




 そのあと、私たちは一緒に1階のロビーまで移動。彼女はそのままひとりで近所のレストランへ出かけるそうだ。ここに住んでいた時からの行き付けのお店らしい。


 私はその場で手を振って彼女を見送ると、ロビーに置いてあるソファーに座って社長とルティスさんがやってくるのを待ったのだった。


 そして社長たちと合流したあとは、宿から徒歩数分の場所にあるというレストランへ。


 その道の途中にはさっき私たちも利用したルーン交通の発着場があり、日没後となったこの時間でも夜行便やほかの町からの到着便、船上でディナーや夜景が楽しめる遊覧船などのお客さんで賑わっている。


 なお、私たちの船は明日の朝まで運航予定がないので、邪魔にならないように発着場の隅にある薄暗い桟橋に係留してある。


 そこは当然、関係者以外は立ち入り禁止区域となっているので静まり返っている。


 船にとってはなんとも肩身が狭くて対照的な状況だけど、実務審査における事前の取り決めでルーンの発着場を使うことになっているので仕方がない。


「――って、あれ?」


 私がふと桟橋の方を見た時のことだった。暗くてハッキリ見えなかったから気のせいかもしれないけど、誰かが『グランドリバー号』から出てきたような……。


 その影はそのままさらに暗い桟橋の奥へと行ってしまったから、もはや確認する術はない。


 でももしそれが見間違いでないとすると、私たちの船で誰が何をしていたというのだろう?


 もちろん、『グランドリバー号』は客室が密閉された構造になっているから、誰かに悪戯いたずらをされたり荒らされたりしないように出入口のドアや窓に施錠した状態で停泊させている。


 しかも窓ガラスはある程度の物理攻撃や魔法攻撃にも耐えられる特別仕様だし、錠前には低レベルの解錠魔法や道具アイテムを無効化する仕掛けが施されている。だから部外者が客室内へ進入するのは難しい。


 一方、操舵室や機械室は開放状態だけど、船を起動させるには専用キーが必要だからそれでも問題はない。盗られて困るモノだって置いてないし。この構造は私が毎日運航している渡し船と同様だ。


 ――やっぱり気のせいだったのかな?


「どうしたんだ、シルフィ? フォレスとルティスに置いていかれるぞ?」


 クロードに声をかけられ、私は我に返った。どうやら思わず足を止めて考え込んでしまっていたらしい。顔を上げると、社長とルティスさんが会話をしながら私たちの数歩先をゆっくりと歩いているのが見える。


 あの様子だと、どうやらふたりは桟橋でうごめいた影に気付かなかったようだ。


「ねぇ、クロード。桟橋に係留してある『グランドリバー号』から誰かが出てきたような気がするんだけど、それって私の見間違いかな? クロードは気が付いた?」


「あぁ、確かに人影があったぞ。オイラは夜目が利くから、誰なのかもバッチリ見えた。あれはライルだな」


「えっ、ライルくんが!?」


「別におかしなことじゃないだろ。桟橋の見回りでもしてたんじゃないのか?」


「あ……そ……そっか……そういうことか……」


 私はなんとなく腑に落ちない気持ちを抱えつつも、一応は筋が通っているのでそれで納得することにした。確かにルーン交通の社員であるライルくんなら、桟橋にいても不思議はない。



 …………。



 やっぱり何かが引っかかる。それこそライルくんならコソコソする必要なんてないのに、灯りも使わずにあんな場所にいるなんて。まるで後ろめたいことでもあるかのように。


 でも考えても結論が出るわけじゃないのも事実か……。



 私は心の中でひと区切りを付けると、そそくさと社長とルティスさんのところへ駆け寄った。そして今は何事もなかったように振る舞っておくことにする。


 だって余計なことを言ってふたりを不安にさせてしまうのは良くないと思ったから。それに明日の出航前には客室も船体もチェックするわけだし、何かがあればその時に対処できる。


 うん、機会があったら本人に今回のことを直接訊いてみよう……。



(つづく……)

 

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