第2-7便:往路の出航!
私はルーン交通の『マーベラス号』が発着場から出航するのを操舵室から見届けると、適度な距離が離れてから動力ハンドルをゆっくりと前へ倒した。
クロードはこの船でも相変わらず
もっとも、今回は毎日のように運航している渡し船と比べると船体の規模や船のトン数(容積)、排水量(船の重さ)、魔導エンジンの出力など何もかもが大きいからいつも以上に緊張する。
船の挙動はもちろん、加減速の具合や操舵室からの視界のほか何もかも勝手が違うのだ。
とはいえ、ソレイユ水運に所属する船は整備後の試運転や定期的に担当する旅客船でどれも動かしたことがあるから操舵に問題はない。各船体のクセや航路の状況も分かってる。
あとは自分と船を信じて動かすだけだ。
「――よしっ!」
魔導エンジンの唸りが増していくと同時に、『グランドリバー号』は前進を始める。
やはり渡し船と比べて船体が大きいから初動は鈍い。ただ、発着場を離れて川幅の広いところへ出るまではこのままの出力で行く。
なぜなら排水量が大きい船は、スピードが出ると止まりにくくなるから。特に桟橋の近くはほかの船や障害物が多くて、操船に慎重さが求められるから尚更だ。
例えば、馬車であれば車輪と地面との摩擦が大きいし、ブレーキだって利きやすい。そういう意味では陸上の乗り物は扱いやすいと言える。
でも水の上ではそうはいかない。そもそも地上で言うところの明確な『ブレーキ』は船に存在しない。
船は流体の反作用や揚力などによって推進力を得ている。地面と比べれば摩擦力だって低い。
だから例えスクリュープロペラを止めたり逆回転をさせたりしたとしても、慣性の影響を強く受けて長い制動距離が必要になる。当然、川の流れや風の影響も受ける。
もし急制動させるなら、強大な氷系魔法で川全体を船ごと凍らせるくらいしないと無理だろう。それだけ船はデリケートな乗り物なのだ。
「お待たせしました。本日はソレイユ水運の『グランドリバー号』をご利用いただき、ありがとうございます。本船はリバーポリス発、ブライトポート行きです。操舵はシルフィ、案内はわたくしルティスが担当いたします――」
発着場を離れ始めると、伝声管を通じて船内にルティスさんの声が流れた。
透き通っていて心地良い声質と聞き取りやすい発声、スピード、過不足なく分かりやすい説明。思わずボーッと聞き惚れてしまうほどだ。さすがの技術で私なんか足元にも及ばない。かつては大人気の添乗員として評判だったという話も頷ける。
だからこそ、今は乗務の仕事がメインじゃないなんて
◆
リバーポリス市を出航してから約7時間後、『マーベラス号』と『グランドリバー号』は無事にブライトポート市にあるルーン交通の発着場へ到着した。
ずっと操船してきた私はさすがに疲れたけど、その一方で最後まで問題なくやり遂げられたという充実感で胸が一杯になっている。社長による抜き打ちテストも合格点をもらえたし、不安もほとんどなくなった。これなら明日も大丈夫だと思う。
出航前にルティスさんが言っていたように、今日は良いシミュレーションになったなぁ。
そして私たちソレイユ水運の面々は審査担当者さんやルーン交通の皆さんと挨拶を終えると、揃って宿へと向かったのだった。
場所はルーン交通の発着場から歩いて5分くらいの位置にある中流ホテル。5階建てで部屋は全部で約30室となっている。
1階は受付とロビー、喫茶コーナーなどがあり、客室は2階以上に設置されている。そのうち、最上階はスイートなどグレードの高い部屋だ。
ちなみに定期船の乗務などでこの町に来る時は、共同運航会社であるステラ運輸の社宅に泊まることになっている。そこにソレイユ水運で借りている部屋が何室かあるのだ。
でも今回は特別な事情ということで、社長の指示でルティスさんがゆっくりとくつろげる宿を手配してくれた。今日は程よい疲れもあるし、ふかふかのベッドでぐっすりと休めそうだ。
こうして私たちは宿に到着すると、受付でチェックインの手続きをする。そしてホテルの従業員さんから部屋のキーを受け取った直後、社長が声をかけてくる。
「シルフィ、夕食はどうする? 僕とルティスは近所のレストランへ行くんだけど、一緒に行くかい?」
「あ……えっと……どうしようかな……」
私は即座に同意しようかと思ったけど、既の所でハッとしてそれを
せっかく社長とルティスさんが堂々とふたりっきりになれるチャンスなのに、私がそれに水を差すのは悪いと感じたから。普段から忙しくて、こういう機会でもないとなかなかゆっくりと話す時間もないだろうし。
(つづく……)
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