第1-4便:貴族だからこそ分かる空気

 

 この雰囲気だと、遠慮しすぎてしまうのはかえって失礼になるかもしれない。そう思った私は素直にご厚意を受けておくことにする。


「分かりました、そういうことでしたら」


「良かったな、シルフィ。食事代が一食分浮いたじゃないか。火の車の家計が助かるな」


「ク、クロード! そういう恥ずかしいことを言わないでよっ!」


 私の顔は瞬時に赤く染まり、激しく狼狽うろたえてしまった。穴があったら入りたい気分。もう、ホントにクロードのバカ! これじゃ、私の身の置き所がないじゃない!


 そんな私たちを見てミーリアさんはクスクスと笑っている。


「うふふっ、クロードちゃんって面白い子ですね。クロードちゃん、お腹いっぱいご馳走してあげるからね。お魚でもお肉でもなんでも、好きなだけ食べて良いよ」


「ホントかっ!? 満腹になるまで食べて良いんだなっ? ミーリア、お前って良いヤツだな!」


「す、すみません、ミーリアさん。食い意地の張った子で……」


 はしゃぐクロードを小突き、私はミーリアさんに何度も頭を下げた。申し訳なさと恥ずかしさで、出来ることならこの場から逃げ出したい気分だ。



 クロードめぇ……私に恥をかかせてくれちゃってぇ……。



 確かに減給処分中の上、新しい魔導エンジンのパーツを買っちゃって生活費が厳しいのは事実だ。でもわざわざそういうことを他所様よそさまに言う必要はない。しかも『食事代が浮く』って言葉も浅ましいし。


 私は空気の読めないクロードを恨みがましく睨み付けつつ項垂うなだれる。


「それではシルフィさん、参りましょうか。案内をお願いします」


「……あ、は、はいっ!」


 ミーリアさんに促され、私はエスコートするように彼女と並んで歩き出した。


 返事をした時点ではどのお店へ行くか決めていなかったけど、迷った時は無難な選択がベストだろうということで、近所にある食堂へ案内することにする。


 そこはソレイユ水運の社員はもちろん、周辺の会社に勤める人の多くが通っている御用達で、料理の美味しさは保証できる。価格もリーズナブルだ。しかも規模が大きなお店だから、例え満席だったとしてもそんなに待たずにテーブルへ着けると思う。


 そして私たちが発着場を出て道を歩いていると、前方から見知った顔がやってくる。ディックくんとアルトさんだ。


 ディックくんは私の姿に気付くと、花が開いたようにパァッと笑顔になって駆け寄ってくる。その様子を見る限り、もうすっかり体の調子は良いみたい。もちろん、病気に油断は禁物だけど。


「シルフィ! どこかへ行くのか?」


「うん、これからお客さんの道案内をするところ。ディックくんこそ左岸側へ来てるなんて珍しいね」


「定期検診で施療院にな。それが終わったあとに薬店で薬を受け取って、これから屋敷へ帰るところだ」


「そうだったんだ。――アルトさんもお疲れさまです」


「お気遣いありがとうございます、シルフィ様」


 優雅に頭を下げるアルトさん。その手にはディックくんの薬が入っていると思われる紙袋を持っている。


 退院してだいぶ時間が経つからもう容態は安定しているんだろうけど、持病を改善したり万が一の事態に備えたりで色々な薬が必要なんだろうな。1日でも早く健康になってくれたらいいな……。


 そんなことを思っていると、ディックくんはふとミーリアさんへ視線を向けた。その瞳には他者に対する敵意や拒絶の色はなく、私やアルトさんに接する時と変わらないものとなっている。


 私とディックくんが出会った頃と比べると、随分と性格が丸くなったと感じる。


「シルフィが道案内をしているのは、そちらの女性か?」


「ミーリアと申します。ご縁がありまして、シルフィさんにお願いすることになりました」


「っ? お前、貴族の出だな? 一見すると平民に溶け込んでいるが、所作の細かい部分に気品を感じる」


 それを聞いて、私はハッとさせられた。だってミーリアさんが貴族だとは考えもつかなかったから。


 彼女の表情や言葉遣いは柔らかいし、雰囲気にも庶民的な部分がある。だから身分はあくまでも平民で、単にお金持ちの家のお嬢様なんじゃないかと私は思っていた。


 でもミーリアさんへ視線を向けてみると、彼女はディックくんの問いかけに対して静かに頷いている。おそらく貴族だからこそ分かる同じ空気みたいなものがあって、それを彼は感じ取ったんだろうな。


「確かに私は貴族の出身ですが、長らく平民の中で暮らしています。ですから身分に関してのお気遣いは無用に願います」


「分かった、ではそのように対応することとしよう。俺はディック。侯爵こうしゃく家の血筋の者だ。だが、俺に対しても過度な気遣いはしなくていい。ミーリア、俺を名前で呼ぶことを許すぞ」


「ありがとうございます、ディック様」


「それとここにいるのは執事のアルトだ」


 視線で指し示されたアルトさんは、ミーリアさんに向かって静かに頭を下げた。


 それを温かな瞳で見守るミーリアさん。そして直後、何か思いついたかのようにポンと手を叩く。


「そうだ、せっかくですからディック様たちも一緒に食事をしませんか? これからシルフィさんにお店を紹介してもらうところだったんですよ」


「っ!? シルフィと一緒に食事をっ? そ、そうか、そうだったのかッ! シルフィと食事か! ……ま、まぁ、時間もあることだし、特別に付き合ってやらんでもないぞ?」


 ディックくんはなぜか頬を赤く染め、チラチラとミーリアさんの反応をうかがっているようだった。どことなく嬉しそうにしているようにも感じられる。誘ってもらえたことを喜んでいるのかな?


 ふふっ、ディックくんって寂しがり屋なところもあるからなぁ。


 すると間髪を容れず、ミーリアさんは満面の笑みでディックくんの意思に同意する。


「えぇ、ぜひ! 私、シルフィさんだけでなくディック様のことも色々と知りたいですし。よろしいですよね、アルトさん?」


「もちろんでございます。異論はございません」


「シルフィさんもディック様と一緒に食事をするということでよろしいですか?」


 ミーリアさんに問いかけられた私は、当然ながら即座に頷く。


「はい、ミーリアさんがそれで良いなら。食事は大人数の方が楽しいですしね」


「では、決まりですっ!」


 すっかりご満悦の様子のミーリアさん。こうして私たち4人と1匹は一緒に食事をすることとなり、食堂へ向かったのだった。



(つづく……)

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