第1-3便:降り立ったお嬢様

 

 午前の就業時間が終わり、私はクロードを肩の上に載せてドックを出た。これからどこかの飲食店で昼食をとるつもりだ。


 ただ、何か急な仕事があるかもしれないので、まずは発着場へ寄って様子を見ておくことにする。


「あっ、すごい混んでるなぁ……」


 発着場へ入ると、そこは相変わらずの大賑わいだった。


 ちょうどレイナ川の河口にある港湾都市『ブライトポート』からの定期船が到着したところのようで、お客さんや荷物でごった返している。


 ソレイユ水運は私の家がある右岸側とこの発着場を行き来する渡し船のほかに、レイナ川の上流や下流にある町とを結ぶ定期船も運航している。もちろん、運航頻度はそれぞれだけど、たくさんの航路が存在している。


 今、到着した『ブライトポート ~ リバーポリス』線は繁忙長距離路線のひとつで、午前と午後に1往復ずつの計2往復が毎日運航されている。満月の日などは例によって休航になるけれど。


 あ、単純に1日2往復と聞くと運航本数が少ないようにも思えるけど、実はこれでも長距離路線の中では充分に高頻度だ。


 多くの長距離路線は隔日に1往復とか数日に1往復とか、そもそも毎日運航をしていないから。中には数か月に1往復というものまである。


 また、当然ながら私が担当している渡し船のように、近距離路線なら1時間に数往復といったように頻繁に行き来をしている。


 なお、『ブライトポート ~ リバーポリス』線の所要時間は約7時間。途中にある何か所かの発着場にも寄るほか、通常は停まらない発着場でも状況に応じて臨時停船することがある。


 そしてそれだけ運航頻度が高いと船も操舵手も足りなくなるので、この路線の場合はブライトポートに本社があるステラ運輸との共同運航となっている。要するに人員や資材、経費、利益などを融通し合う協定を結んでいるということだ。


 ちなみに3社以上での運航やダイヤの共通化に関してのみの協力関係にあるなど、共同運航の条件は路線によって個別に異なる。あくまでも『ブライトポート ~ リバーポリス』線ではそういう条件になっているということに過ぎない。


「ルティスさん、お疲れさまです」


 私は喫茶コーナーで仕事中のルティスさんに声をかけた。


 さすがお昼時ということもあってカウンター席は全て埋まっているし、この最繁忙時間帯だけ雇われているバイトの子たちも絶え間なく料理や飲み物を提供したり食器を片付けたりしている。


 ルティスさんは私の姿に気付くと、柔らかな笑みをこちらへ向けてくる。


「あっ、シルフィ。お疲れさま。これから昼食?」


「はい、そのつもりです。でも急ぎの仕事があれば手伝いますよ」


「いいの? それじゃ、この子を市役所まで案内してあげてもらえるかな?」


 そう言って手で指し示されたのは、ルティスさんの横に立っていた女性だった。


 年齢は私より少し年上くらいで、パッチリとした瞳が特徴的。セミロングの金髪にカジュアルな上着とショートパンツという格好をしている。また、手には小さなトランクを持っていることから、旅行者ということなのかもしれない。


 彼女は私の方へ振り向き、親しみのある笑顔で優雅に頭を下げた。その際に髪がふわりとなびき、石けんの良い匂いが漂ってくる。雰囲気も良家のお嬢様といった感じだ。


 理知的な印象も受けるし、同性の私から見ても見とれてしまう可愛らしさがある。


「初めまして。私はミーリアと申します」


「こちらこそ初めまして。ソレイユ水運で魔術整備師をしているシルフィです。肩に載っているのは、うちで居候いそうろうをしているメイジカワウソのクロードです」


「よろしくなっ! ミーリア!」


 クロードが手を掲げると、ミーリアさんはクスクスと笑いながら小さく手を振り返す。


「ミーリアは私やフォレスの王立学校時代の後輩なのよ。さっきのブライトポートからの便でここへ到着してね。それで私に挨拶しに来てくれたってわけ」


「そうだったんですか」


 王立学校に通っていたとしたら、ミーリアさんがお嬢様な雰囲気を漂わせているのも頷ける。だって王立学校はお金持ちや貴族、あるいは平民の中でも特定の能力に秀でた人しか通えない場所だから。


 私みたいに粗雑そざつで機械ばかりとたわむれれている人間からすると場違いな世界。別にうらやましいわけじゃないけど、やっぱり少しは憧れる気持ちはあるな。


「私、今までブライトポートで暮らしていたのですが、転勤で今月からこの町で仕事をすることになりまして。ただ、業務上で関わりがある関係で、まだまだ頻繁に両方の町を行き来することになるとは思います」


「それじゃ、ミーリアさんはリバーポリスにいらっしゃったのは今日が初めてですか?」


「いえ、何度か訪れたことはあります。いずれも滞在時間はわずかでしたが」


「なるほど。それならこの町の地理が分からなくても無理はありませんね」


 その私の言葉を聞いたミーリアさんはニッコリと笑って小さく頷く。そうした一つひとつの仕草が本当に可愛らしい。


「はい、そうなんです。生活に必要な荷物はお世話になる家へすでに送ってあって、今夜から住み始める予定です。案内役の方とは市役所で待ち合わせをしているのですよ」


「そういうことでしたか。承知しました、私で良ければ市役所までご案内します」


「よろしくお願いします、シルフィさん。――そうだ、よろしければ昼食もご一緒にどうですか? ぜひオススメのお店を教えてください。食事代は私が持ちますので」


「案内は構いませんが、食事代まで出していただくわけには……」


「お言葉に甘えておきなさいよ、シルフィ。食事をしながらミーリアの話し相手になってあげて。ほら、彼女にはまだこの町での知り合いが少ないわけだし」


 すかさず横から上がったルティスさんの声。視線をミーリアさんへ向けると、彼女はそのルティスさんの言葉を受けて大きく頷いている。



(つづく……)

 

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