第4-3便:機械の心と強い想い

 

 もちろん、この場で修復魔法リペアを使って整備をすれば動くかもしれない。私にはその技術がある。


 でも魔法力が足りない! 整備魔法の中でも比較的消費魔法力の少ない点検魔法すら使う余裕がないというのに、そんなの無理だ。


 整備系魔法はどれも意外に多くの魔法力を消費する。工学整備なら出来るかもしれないけど、ここには工具やパーツが何もない――というか、あったとしても時間がかかりすぎる。



 …………。


 ……いや、落ち着け、私。ここで諦めてしまったらさっきと同じだ。



 見た感じオーバーヒートの症状は軽度だから、エンジンが冷えれば少しの間なら動くと思う。これは整備師をしてきた私の経験からの判断。それはほぼ間違いない。


 もちろん、そんな応急処置的な動かし方をしたら、このエンジンは二度と使えなくなる。現状よりもダメージが拡大して、パーツの交換じゃ済まないだろうから。


 だけどディックくんの命と比べれば、エンジンのひとつやふたつなんて安い。壊れて使えなくなったなら、また作ればいい。




 だとすると、なんとかしてエンジンを冷やして動かすのがベター。


 ――川の水をかけて冷やすか?


 ううん、そんなの問題外だ。そんなことをしたらエンジンに使われている金属が変形したり脆くなったりして、症状が悪化するだけ。高熱の金属を急冷するなんて、ド素人のすることだ。


 それに川の水に含まれる不純物が中に入り込んで、動かなくなる可能性も高い。




 ――それならこのまま機械室の扉を開けっ放しにして、空冷させるか?


 根本的な解決にはならないけど、しないよりはマシって程度かな。時間もかかるし。いずれにしても扉は開けたままにしておこう。


 空冷……か……。


「っ!?」


 その時、私の脳内に電撃が走った。ひとつのアイデアが浮かび、それが実行に移せるかどうかや有効性を考えてみる。


 いや、迷ってる暇はないっ! もうそれしか思いつかないし、やるしかないッ!!


「クロードッ、あなたって風系の攻撃魔法が使えたでしょ?」


「まぁな」


「それを使える魔法力って残ってる? まだ全魔法力を私に送ってないよね?」


「大丈夫だ。初歩的な風系魔法なら何発か放てるくらいの魔法力は残ってる」


「良かった! クロード、風系魔法でエンジンを冷やして!」


 そう言いつつ私はツナギを脱いで、それを機械室内の配管に干した。下着姿になっちゃうけど、恥ずかしいとかそんなことは言っていられない。


 それに対してクロードはまだ私の意図が分かっていないようで、当惑している。


「おいおいっ! シルフィ、なんで服を脱いでるんだよっ? ふざけてる場合じゃないぞ!」


「服はびしょびしょに濡れてるから、風が当たれば気化熱で空気の温度が下がるでしょ。水分が蒸発する時に熱を奪うから、風を当てるだけより少しは早く冷えるの!」


「あっ、なるほどっ! エンジンに水をかけるわけにはいかないから、濡れた服を介して空気を冷やそうってのか! さすがシルフィ!」


「湿度の高い空気を当てるのは機械にとって良くないけどね。でももうこのエンジンは今だけ使えればいいって割り切ってるから」


「よしっ、風系魔法を使うぞ!」


 クロードは機械室の扉の前に佇み、目を閉じてスペルを呟いた。


 するとその直後、彼の体の周りから旗を強くなびかせる程度の風が生まれ、機械室内のエンジンを冷やし始める。それに伴って、扉の奥から外へ向かって吹き出る熱風の勢いも増していく。おそらく排気用のダクトからも内部の空気が抜け出ていると思う。


 ――うん、中から出てくる空気の温度が少しずつ下がっている気がする。つまりエンジンもちゃんと冷えている証拠。これならいける!


「クロード、あなたはエンジンを冷やし続けてて。私は再起動を試みてみる!」


「了解っ!!」


 クロードの返事を聞くなり、私は操舵席に立った。そして緊張しながら操舵輪と動力ハンドルを握る。


 もしこれでダメなら今度こそ万事休す。お願い、動いてっ!


 私は魔法力を魔導エンジンへ流し込みつつ、動力ハンドルをゆっくりと前へ倒していく。




 …………。


 ……………………。


 ……動かない。エンジンの反応がない。まだ冷却が充分じゃないのだろうか?


「動いて……動いてっ! 動いてよぉ! 動けぇええええええええぇーっ!」


 私は夢中で叫んでいた。そんなことをしても何の意味もないって分かってる。でも想いが爆発して、叫ばずにはいられなかった。




 すると次の瞬間――っ!


 魔導エンジンは低い唸りを上げながら稼働を始めた。時折、異音がするけど動いてくれている。スクリューは力強く回転して水を掻き、船は前進していく。


 まさに奇跡だった。私の想いに魔導エンジンが応えてくれたのかもしれない。以前から機械にも心があるって信じて整備をしてきたけど、この時ほどそれを強く感じたことはない。


 やがて船は左岸渡船場へと辿り着く。ついに私たちはやり遂げたんだ!



 ありがとう……魔導エンジン……。よくがんばってくれたね……。そして……お疲れさま……。



「シルフィーっ!」


 渡船場の桟橋には社長を始め、何人かの同僚たちの姿があった。左岸に近付いている頃から街の誰かが船のエンジン音に気付き、みんなを呼んで渡船場で見守っていてくれたんだと思う。


 船が桟橋に着くなり、その場にいた何人かがロープで船を固定してくれた。客室内にいたディックくんもほかの人たちの手でどこかへ運ばれていく。


 アルトさんが一緒だから、私は見届けなくても大丈夫だよね? きちんと施療院へ向かって、お医者様に診てもらえるよね? きっと助かるよね?


「……ぁ……」


 緊張が一気に解けた私は力が抜け、操舵席から倒れそうになった。もう踏ん張る余裕はない。そのまま川へ落ちてしまうのかなと思っていたんだけど、気付けば私の体は社長に支えられている。


 温かい。それにいい匂いがする。すごく力強い感じがして、なんだか安心する。


「お疲れさま、シルフィ」


「……はい、社長」


 自然と私は微笑んでいた。疲れが半端ないけど心が達成感で満たされていて心地良い。


 ――と、自分が恥ずかしい格好のままでいることを忘れてた。社長はもちろん、みんなにも見られちゃった。でもディックくんが助かるのならいいや。


 直後、私の意識は薄れていった。



(つづく……)

 

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