第3-4便:シルフィの決意! 渡し船が繋ぐもの

 

 なんて苦しそうなんだろう。助けてあげたい。このままだとディックくんはいつ力尽きてしまったとしてもおかしくない。となれば、もう迷っている暇はない!


 私は意を決し、アルトさんへ問いかける。


「アルトさん、私に命を預ける覚悟はありますか? もちろんそれはディックくん自身の命も含みますが」


「えっ?」


「操船中は大きく揺れると思います。でも私は船の制御で手一杯で、ディックくんを気遣ってあげられません。だからディックくんを診ていてもらうため、船にはアルトさんにも乗ってもらうことになります」


「っ!? ふ、船を出していただけるのですかっ!? でもエンジンが動かないのではっ?」


「私の魔法力を魔導エンジンのエネルギーとして供給します。それって法律違反になっちゃうんですけど、あとで私が罰を受ければいいだけですから。このままディックくんを見捨てることなんて出来ませんよ」


 私が自嘲を浮かべていると、アルトさんの瞳に希望の光が戻った。唇を震わせ、感涙にむせいでいる。そこまで喜んでもらえると、なんだか照れくさい。


「実は試作品ですけど、出力を強化したエンジンもあるんです。偶然にもさっき装備させたばかりなんですけどね。それってきっと神様のお導きじゃないかって思うんです。ディックくんを私に助けさせるために、このタイミングで完成させてくれたに違いありません」


「おぉ……そんな奇跡が……」


「ただし、説明したようにリスクが高いです。エンジンが不具合を起こして、途中で止まるかもしれません。障害物と衝突して転覆するかもしれません。流れに押し戻されてしまうかもしれません。無事に左岸渡船場へ辿り着ける保証はありませんが、それでもいいですか?」


「もちろんです! 万にひとつでも可能性があるなら! それよりもシルフィ様、あなた自身はよろしいのですか? ディック様や私に対して義理があるわけでもないのに、命を賭けるなんて……」


「ふふっ。渡し船が繋ぐのは人と人の心。人助けに理由なんていりませんよ」


 私の心は驚くほど晴れやかだった。


 だってアルトさんの疑問は、私にとって全く問題にならないことだったから。だからこそ曇りのない気持ちで即答できたわけだし。


 渡し船は渡船場同士を結ぶように運航されているけど、実はそれだけじゃない。各地域で暮らす人々の交流を促し、心も繋いでいる。私は船に関わってその手助けをする仕事に就いている。そのことが誇りだ。


「っ!? シルフィ様……。うっ……うぅ……。このご恩、決して忘れません……。一生忘れません……」


「――というわけなんだけど、クロードはどうする? お留守番してる?」


 私は足下に佇むクロードにチラリと視線を向けた。すると彼は二本足で立ち上がり、前足でドンと自分自身の胸を叩く。


「オイラはどこまでもシルフィに付き合うよ。それに夜目の利くオイラが見張りにいた方が、障害物に衝突する危険性を低く出来るだろ?」


「クロードだけは万が一の時に泳いで逃げられるもんね?」


「シルフィ! 怒るぞ! オイラはそんな薄情者じゃないやいっ!」


「あっはは! うそうそっ! 一緒に来てくれてありがとね、クロード」


 私はクロードの頭を撫でると、すぐに出航の準備を始めた。


 まずは手動式ウインチとワイヤーを使い、整備したばかりの船を作業場から出して川面へと浮かべる。そしてランプやディックくんを寝かせるためのマット、毛布、非常時用の救難具などをアルトさんと協力して積み込んでいく。


 ただし、エンジンの出力や重量の問題があるから、載せるものは最低限。重くなればなるほどエネルギー――つまり私の魔法力も多く消費してしまう。





 やがて全ての準備が整い、桟橋と船体を繋いでいるロープを外して魔導エンジンを作動させる作業に入る。クロードも定位置へ移動し、前方に注意を向けている。


 彼は暗くても周囲が見えるから、今ほど頼もしいと思ったことはない。




 …………。


 ……果たして船はうまく動いてくれるだろうか?


 いつもならスイッチを入れれば魔導エンジンが稼働し、スクリューも動き始める。でも今回は魔鉱石による魔力供給が出来ないから、私の魔力を送り込みながら操船をする必要がある。


 どちらもデリケートな作業だし、それを両立させなければならないから難しい。緊張するなというのが無理な話だ。


 だから私は大きく息をつき、心を落ち着かせた。そして操舵輪と動力ハンドルを握りつつ、徐々に魔法力を送り込んでいく。この感覚はなんだか整備魔法を使う時と似ている。



 ――そっか、もしかしたら魔術整備師の場合、自分の魔法力で魔導エンジンを動かすことが思ったよりも難しくないのかもしれない。事実、私は初めてのことなのにうまく制御できている。


 程なく魔導エンジンは軽快な音を奏で始める。計器類も正常。これならいけるッ!


「出航ッ!」


 私は船を前進させた。船体がゆっくりと桟橋から離れ、川の流れに乗っていく。遡潮流そちょうりゅうに遭遇するまでは流れと同じ方向へ進むから、今のところは順調だ。


 出来れば遡潮流そちょうりゅうが到達する前に左岸渡船場へ辿り着ければベストなんだけど……。



(つづく……)

 

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