第3-2便:深夜の訪問者
日付をまたがる頃、私はついに魔導エンジンを組み終えた。
これは単に既製品を整備したというわけじゃない。強度計算や出力計算などから始め、ゼロから設計図を書いて作り上げたオリジナルのもの。さらに測定や実験を重ね、最大限のパフォーマンスを発揮できるように少しずつ調整を重ねてきた。
当然、パーツや部材、工具、燃料、そのほかにも色々とおカネがかかった。まさに我が子というか、一緒に成長してきた相棒だ。まだまだ改良は必要になるだろうけど、とりあえずは動かせる形となったのだから感慨深いものがある。
あとは現役から退いて運用保留中となっている予備船に装備させ、実際に駆動させてみるだけ。ちなみに魔導エンジンの換装作業はほんの数十分もあれば出来るけど、今日は満月の日だから動かすのは明日以降になる。
「じゃ、ちゃっちゃっと換装作業もやっちゃいましょう」
私は予備船の魔導エンジンを取り外し、整備を終えたばかりのオリジナル魔導エンジンを取り付けていった。
――こうして星降る空の下、とうとう全ての作業が終了する。
さすがにちょっと疲れた私は作業場の床にへたり込み、作業開始前に淹れたまますっかり冷めてしまったコーヒーを啜る。
苦さと酸味、うま味が口の中に広がり、渇いた喉を潤していく。
……あ、汚れたままの手でマグカップの取っ手を握っちゃった。ま、いっか。今は作業が終わった満足感と達成感で溢れていて、そんな細かいことは気にならない。
私はコーヒーを飲み干し、マグカップを置くとそのまま後ろへ倒れ込んだ。視線の先には薄暗い天井とランプの明かりが見えている。そしてしばらくボーッとしてしまう。何かを成し遂げた直後に無気力状態となる『燃え尽き症候群』というヤツだろうか。
部屋に戻るのも面倒臭いし、このまま寝てしまおうかな……。
「んっ?」
その時、不意に外から我が家のドアを激しく叩く音が響き渡った。あんな大きな音、空耳のわけがない。それどころか、こちらの反応がないからか何度もドアを叩いているようだ。
こんな深夜に誰だろう? 盗賊とかモンスターの襲撃とかだったら嫌だな……。
私は出るべきかどうか迷った。だってもし襲われたら怖いから。普段から操船や整備の力仕事で腕力が鍛えられているとはいえ、相手が大人の男性だったらどうしたって勝てない。男女の体格や体力の差には埋めがたいものがある。
ちなみに会社が設置してくれた結界で家は守られているから、ドアを開けなければとりあえずは安心。中位の攻撃魔法までなら耐えられるし、物理攻撃に関しては完全耐性を持っている。もちろん、相手が結界を破れるくらいの強大な魔法力を持っていたら無意味だけど。
「シルフィ! この騒ぎは何事っ?」
「あっ、クロード!」
あまりの騒々しさに目を覚ましたのか、クロードが作業場にやってきた。
もっとも、ただでさえ静かな夜で音が響きやすいのに、あれだけの音をずっと出し続けているんだから当然だ。それでも眠っていられるのは相当な鈍感か、何日も連続で徹夜した直後くらいなものだろう。
いずれにせよ、クロードが来てくれて助かった。彼なら窓の隙間から外へ出て、相手に気付かれずに偵察してきてもらえる。
「クロード、こっそりと外へ出て様子を見てきてくれない? 私、ちょっと怖くて……」
「おぅっ、任せておけっ! やっぱりこういう時に頼りになるのはオイラだけだからなっ!」
「ありがとう。でも危険を感じたら無理せず、すぐに戻ってきてね」
「分かってる!」
クロードは元気よく頷くと、天井近くにある空気入れ替え用の小窓へ駆けていった。そこを抜けて彼は外へ出る。
あの窓なら全開にしてもクロードくらいの大きさの動物しか行き来できないから、外にいる人間に気付かれても侵入される心配はない。体の大きさを変えられる能力を持っているとか、あのスペースよりも小さな種族とかだったらマズイけど……。
ま、こっそり侵入できる能力があるなら、あんなにドアを叩くなんて目立つことはしないはずだから大丈夫だとは思う。
――それから数十秒後、クロードが小窓から屋内に戻ってきたのが見えた。
彼はなぜか慌てた様子で走ってくる。まさか外に強大なモンスターでもいたのかな? 対処のしようがない事態だったらどうしよう。
私は固唾を呑んで彼の報告を待つ。
「シルフィ、すぐにドアを開けるんだ! 訪ねてきたのは執事のおっちゃんだ! ディックが大変なことになってる!」
「えっ? アルトさんとディックくんが?」
私は目を丸くすると、急いでドアの前へ移動して施錠を解いた。そしてドアを開けると、目の前には真っ青な顔をして息を切らせているアルトさんの姿がある。
(つづく……)
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