第2-3便:貴族の少年

 

 マリーお婆さんの家に到着し、通されたリビングルームではふたりの先客が待っていた。


 ひとりは見るからに肌触りが良さそうな上布のラウンジスーツを身につけ、椅子にふんぞり返るように座っている男の子。胸の前で腕組みをして、ムスッとした顔をしている。年齢は12歳くらいだから、ルティスさんが話していた貴族の子というのは彼なのだろう。


 その曇りのない肌は新雪のように白く綺麗で、どことなく高貴な雰囲気を漂わせている。さらにチョコレートみたいな色をしたストレートの髪を肩の少し上くらいまで伸ばし、それをひとつ結びにしている。その白と黒のコントラストが映えて、私は思わず見とれてしまう。


 今は可愛いという印象を強く受けるルックスだけど、数年したら凜としてカッコイイという感じに変わりそうな気がする。


 もうひとりはその傍らに佇み、落ち着いた様子で彼を見守っている老紳士。年齢は70歳くらいで、埃やシワが微塵もない黒のモーニングコートを着ている。白い口ひげが特徴的で、優しい目をしているけど瞳の奥には力強い光が感じられる。身のこなしにも隙がない。


 もしかしたら元・軍人さんか、それに準ずるような仕事をしていた経験があるのかもしれない。男の子は貴族ってことだから、彼の身辺警護をする役割も担っているのかな?


「なんだ? 貴様らは?」


 男の子は私を睨み付けながら話しかけてきた。やや低音で芯があるけどまだ声変わりをしておらず、なんだか可愛らしい声。ちょっと生意気な弟って感じがして、思わず母性をくすぐられてしまう。


 でもすぐに私は気を取り直し、穏やかな笑みを彼に向けながら返事をする。


「私はソレイユ水運で魔術整備師をしているシルフィです。マリーお婆さんから昼食に誘われまして。私の肩に座っている子はメイジカワウソのクロード。私の家に居候している子です」


「よろしくなっ!」


 クロードは親しげな態度で小さくお辞儀をした。でも男の子はクロードや私から視線を逸らし、フンッとつまらなそうに鼻息を漏らす。そして今度は顎で社長を指し示す。


「で、そっちの貴様は?」


「僕はフォレスと申します。ソレイユ水運の社長をしています」


 社長は気を悪くしたような素振りを一切見せずニコニコしている。心に余裕があるというか、器が大きいというか、さすが大人だ。その対応に格の違いを感じる。


 その空気は男の子にも伝わったのか、少しばつが悪そうな顔をして口を開く。


「俺はディックだ。身分は貴様らより遥かに上だ。よって本来なら同じテーブルで食事をするなどあり得んこと。しかし今日は機嫌が良いから、同席することを特別に許してやる。ありがたく思え。――おい、アルト。お前も挨拶をしろ」


 ディックくんに促され、傍らに佇んでいた執事さんは一歩前へ出た。そして私たちに向かって優雅な身のこなしで頭を下げる。


「皆様、わたくしはディック様の執事をしているアルトと申します。フォレス様、シルフィ様、クロード様、どうかお見知りおきくださいませ」


「私の方こそよろしくお願いします、アルトさん。私は渡船場の隣に住んでますので、何かあったら遠慮なく言ってください。出来る限り協力させていただきます」


「執事のおっちゃん、よろしくなー!」


 私とクロードが返事をすると、アルトさんは口元を緩めて会釈してくれた。今まで瞳の奥に灯っていた強い光もわずかに弱まったような気がする。少しは警戒心や緊張感を解いてくれたのかもしれない。


 続いて社長が柔和な表情を浮かべ、アルトさんへ視線を向ける。


「アルトさん、僕もシルフィと同じ気持ちです。何かあればお気軽にご相談ください。僕で良ければ、色々とお力添えします」


「っ!? きょ、恐縮でございますっ、フォレス様!」


 アルトさんは目を丸くすると、慌てて最敬礼した。


 しかも数秒間、その深々と頭を下げた姿勢を維持している。明らかに狼狽えているのが傍目にも分かる。




 …………。


 私の時と比べて、この大きな反応はなんなんだろう? 大げさというか、随分とかしこまっているけど。


 確かに会社の社長と単なる平社員じゃ、対応に差があるのは仕方ない。ただ、それにしたって気を遣い過ぎのような気がする。


 事実、その様子を見たディックくんはやや不機嫌そうにアルトさんを怒鳴りつける。


「アルト! 下民に頭を下げる必要など無いぞッ!」


「っ! ですがっ……あ……いえ……も、申し訳がありません、ディック様」


「愚か者がっ! ……っ……」


 その時、私はディックくんの表情が一瞬だけど歪んだような気がした。苦しそうというか、何かの痛みをこらえたかのような。もしかしたら急に大声を出したから、喉でも痛めたのかな? あるいはシャックリとか?


 単純に私の気のせいということも充分に考えられるけど……。





 その後、私たちはリビングルームにやってきたマリーお婆さんに案内され、ダイニングルームへと移動した。すでにテーブルの上には所狭しと料理が並べられている。


 パンにサラダ、野菜と鶏肉の炒め物、甘辛く煮た豆、コーンスープ、そのほかにも色とりどりの料理があって、見ているだけでも楽しい。


 もちろん、足下にはクロード用の川魚のタタキが入ったフードボウルも置いてある。


 こうして私たちはディックくんとややギクシャクしつつも、世間話をしながら楽しく食事をしたのだった。



(つづく……)

 

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