第2-2便:昼食のお誘い
やがて右岸渡船場が間近に見えるようになってくると、私はさらに船のスピードを落とした。水の流れに逆らう方向だから、その流速を加味しつつ人間が歩くのと同じくらいにまで出力を調整する。
当然、スピードをゼロにしちゃうと、下流へ押し流されちゃうからね……。
「まもなく右岸渡船場へ到着します。船が完全に停止し、船員の指示があるまでそのままお待ちください。決してお立ちにならないよう、お願いいたします」
伝声管で案内を流し終えると、私は今回の操船の中で最も緊張感を持って操舵輪と動力ハンドルを操作した。まずは上流側へ向かって桟橋を少し通り過ぎ、船首を川下に向けるように180度転換させて渡船場へ着岸させる。
そのあと、本来はエンジンをニュートラル状態にしたまま私がロープを桟橋に括り付けるんだけど、今回は同乗していた社長がその作業をしてくれたおかげでスムーズかつ短時間で船を固定させることが出来たのだった。
それでようやく魔導エンジンを停止させ、客室へ移動してマリーお婆さんを桟橋へ誘導する。もちろん、その際にはクロードが私の体を這い上がってきて左肩に座る。
「お待たせしました。マリーお婆さん、桟橋の方へどうぞ!」
「ありがとね、シルフィちゃん。臨時便を出してもらっちゃって」
「お気になさらずに。滑りやすくなっている部分があるので、足下に気をつけて降りてくださいね」
「そうだ、シルフィちゃん。昼食がまだなんでしょう? 貴族のお坊ちゃんに挨拶がてら、うちで食べていきなさいよ。同じ右岸側に住んでいることだし、顔を合わせる機会も多くなるんだから。クロードちゃんにも川魚のタタキを作ってあげましょうね」
川魚のタタキと聞いて、クロードの耳がピンと立った。途端に垂れてきたヨダレを手で拭いつつ、私の肩の上で軽く飛び跳ねる。
「婆ちゃん、それホントっ!? やったぁ! シルフィ、ご厚意に甘えようよ!」
「でも社長を左岸へ送り届けないといけないし……」
「フォレスさんも一緒に食事することになってるのよ。さっき応接室で誘ったの。せっかくですもんね」
「あ、そうなんですかっ!? だったらお呼ばれしちゃおうかなぁ」
社長を送り届ける必要がないと分かった私は、ふたつ返事でマリーお婆さんのご厚意を受けることにした。みんなで食事をした方が美味しくて楽しいし、正直なところ一食分の食費も浮く。
実は趣味で作っている魔導エンジンのパーツを買っちゃったから、今月は懐が少し厳しかったんだよね。ダジャレってわけじゃないけど、まさに渡りに船だ。
それにマリーお婆さんが言うように、貴族の子に挨拶しておいて損はない。今回は社長も一緒だから、もし何かのきっかけでトラブルに巻き込まれそうになっても間に入ってくれるだろうし。
「じゃ、私が荷物をお持ちしますよ。社長も半分、持ってくれますよね?」
「もちろんだよ」
すでに桟橋で待機している社長は首を大きく縦に振る。
「クロードはマリーお婆さんのボディーガードね」
「任せてっ!」
クロードは私の肩から床へ
どうやらマリーお婆さんの家まで先導して歩くつもりみたい。大好物の川魚のタタキが掛かってるから、気合い入ってるなぁ。
こうして私たちは一緒にマリーお婆さんの家へ向かうことになったのだった。
集落は渡船場から徒歩5分くらいの位置にあって、ほとんどの家は川に面した山の斜面にへばり付くように建てられている。平らな土地が限られる中、そうやって住居を確保しているのだ。
だから集落内の道はもちろん、国境へ続く街道も十数キロメートルに渡ってアップダウンの激しい急坂や階段が続いている。
(つづく……)
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