ゲームをしよう
ふさふさしっぽ
ゲームをしよう
「ゲームをしないか」
部活が終わってさあ帰ろうというとき、部室で渡辺が唐突にそう言った。部活名は「SF研究部」。部員は俺と渡辺を入れて五人。今部室にいるのは俺と渡辺だけだった。
「ゲーム?」
俺がそう聞き返すと渡辺は、制服のポケットから一枚のコインを取り出して、空中にはじいた。見たことがないデザインで、ちょっと透明な感じのコインだった。コインはくるくると綺麗に宙を舞い、ふたたび渡辺の手の中に戻った。
「表? 裏? どっち?」
コインを隠しながら、渡辺が真剣な声で問いかける。なんで突然真顔になってんだ、こいつ。
「どっちが表でどっちが裏なのか、最初に言わなきゃわからないだろ。つうか、何のコインだよ、それ」
「あ、そっか」
渡辺は一瞬きょとんとしたが、すぐに、恥ずかしそうに頭を掻いた。こいつ、頭はいいくせになんか抜けてるんだよな。
「じゃあもう、じゃんけんでいいや。とにかく、勝った方が先に木元満里奈に告白する。OK?」
「なんでそうなる」
突拍子もない提案に、俺はつい叫んでしまった。渡辺は澄ました顔で、
「僕は木元さんが好きなんだよ。お前もだろ? そこで、フェアプレイで行こうじゃないかって話だよ。僕はこれから今すぐ、木元さんに告白しようと思う」
と、部室の窓から外を見下ろして「見てみろよ」と顎で示した。ここは三階。示されたとおりに窓から見下ろすと、校舎裏の中庭のベンチに、木元満里奈が座っているのが見えた。
「なにやってんだあいつ。まだ帰ってなかったのか」
俺は不思議に思った。木元満里奈は「SF研究部」の部員の一人である。部活はとっくに終わっている。それなのに彼女は何をするでもなく、所在なさげに一人でぽつんと座っている。
「友達でも待ってるんじゃないの。それとも日向ぼっこかな。のんびりしてて変わった子だからね。ま、そういうところが可愛いし、顔はそんなに悪くないから、付き合ってもいいかなと思ってるんだ。ほら、もうすぐ中学生最後の夏休みだから、僕も彼女欲しいしね」
「は?」
俺は渡辺の自信あふれたセリフが引っかかった。
「木元さん、僕のこと好きだよね。でも言えないみたいだから、僕から告白してあげようと思って。だけどその前に友人であるお前の許可がいるかなあと、僕は思ったわけ」
「なんで俺の許可がいるんだよ」
「お前が木元さんの幼馴染で、お前の方が、ずっと前から木元さんのこと好きだったみたいだから。ただの転入生の僕がとったら悪いかな、と思ってさ」
渡辺は意地悪く笑った。
「渡辺、お前、そんなやつだったのか」
渡辺は今年の春……中学三年の一学期にこの学校に転入してきた。「SF研究部」に入部希望してきたこいつと俺は不思議と気が合い、今までいい友達だと思っていた。
満里奈が渡辺に気があるのには、何となく気がついていた。渡辺はまあイケメンだし、女子に優しいし、俺はそれも仕方がないと思っていた。満里奈と渡辺が付き合うことになっても、仕方がないと。
たしかに俺は、ずっと満里奈のことが好きだったけれど、俺達はただの幼馴染。変に関係を壊したくなかった。
……だけど。
やっぱり、渡辺に満里奈を渡したくない。渡辺が先に告白したら、満里奈は渡辺と付き合うだろう。俺の方が満里奈のことが好きなのに。渡辺みたいに「付き合ってもいいかな」なんていう薄っぺらい気持ちじゃない。
「渡辺、ゲーム変更だ。俺も満里奈が好きだ。本気で好きだ。先は譲れねえ。だから、ここから中庭まで、競争だ」
俺は渡辺を睨みつけた。絶対に負けない。
「そうきたか。まあいいよ? それで。言っておくけど、足は僕の方が速いからね」
俺の提案に、渡辺は余裕の表情で乗ってきた。ん? なんだか、安心したような顔つきに見えるが、気のせいか?
俺たちは、合図とともに二人同時に駆け出した。本当は廊下を走ってはいけない。けれど、放課後ということもあって先生にも会わず、俺たちは二人、全力疾走で一階に降り、中庭を目指した。
中庭にたどり着いたとき、すぐ隣にいた渡辺の姿が消えた。転んだのか? 俺は振り返らなかった。背後から「がんばってね、おじいちゃん」と渡辺の声がして、背中をばしんと叩かれた。その瞬間、俺はつんのめって派手に転んでしまった。
「明日馬くん! 大丈夫?」
満里奈がベンチから立ち上がって俺に駆け寄り、助け起こしてくれた。
「明日馬くん、と、ところで……話って何? 私ずっと待ってたんだけど」
満里奈が俯いてもじもじしながらそう言った。
「え?」
「明日馬くんが大事な話をするから、待っててやってくれって、渡辺くんが」
「ええ!?」
渡辺が? まさかあいつ、こうなることを見越して? あいつは、満里奈と付き合いたかったんじゃなかったのか?
渡辺……あれ、渡辺……下の名前なんだっけ? それ以前に……渡辺って誰だ?
「満里奈、お前、渡辺ってやつに、ここで待ってろって言われたんだよな?」
「う、うん。そうだけど……あ、あれ? でも私、渡辺くんなんて知らないや。クラスにはいないよね」
SF研究部にもいない。部員は四人だし、俺と満里奈以外は二年生だ。じゃあ俺はさっきまで誰と話していたんだ? 思い出せない。たしかに誰かと話していた。だから俺は今ここに……ええっと、何しに来たんだっけ。
「明日馬くん、大事な話って、何?」
満里奈が顔を真っ赤にして、上目遣いに俺を見る。そうだ、言わなきゃ。
「聞いてくれ、満里奈。俺、お前のこと――」
「よし! よくやった、おじいちゃん!」
僕は、中庭の片隅に止めてあるタイムマシンの中で叫んだ。
「一時はどうなるかと思ったけど、これで僕の存在も安心だ」
僕の名前は木元
僕の生まれた時代では、タイムマシンが一家に一台あるのがあたりまえで、これに乗って家族時間旅行を楽しんだりするんだ。
最近、僕たち若者の間で「こっそりタイムマシンに乗って昔の学校生活を楽しむ」というゲームが流行っている。僕の時代は、すべてAIによる自宅でのオンライン学習なので「学校生活」というものに興味を持つ若者が増えてきたってわけ。
僕自身も、普段から仲の良いおじいちゃん(本当はひいおじいちゃんだね)から話を聞いて、おじいちゃんの時代の「学校」というものに興味を持った。
机を並べてみんなで勉強、給食、部活動。そして、一様にスカートの制服をまとった、女の子たち。
僕は意気揚々とタイムマシンに乗り込み、おじいちゃんの時代にタイムスリップした。「渡辺」という偽名を使って、おじいちゃんの中学校のクラスに潜り込んだのだ(一時的に対象人物を催眠状態にする薬を使った)。
そうしたら、なんと、過去が変わってしまったのだ!
何度も聞かされた、おじいちゃんの昔話によると、おじいちゃんと満里奈おばあちゃんは中学三年の春に両思いになっているはずだったんだ。おじいちゃんは言ってた。「さわやかな五月の風が吹き抜ける、SF研究部の部室で俺は満里奈に告白した」って。
なのに、おじいちゃんときたら、おばあちゃんが僕のことを好きになったと勝手に勘違いして、勝手に身を引き、告白すべきタイミングで告白しなかった!
僕はこっそり、おじいちゃんとおばあちゃんが両思いになる瞬間を見届けようと思っていたのに。おじいちゃんときたら、意気地なしで、告白を諦めちゃったみたい。まあ、若い頃の満里奈おばあちゃんが可愛くて、積極的に話しかけちゃってた僕も悪いんだけどさ。だけど満里奈おばあちゃんは僕なんかじゃなくて、初めからおじいちゃん一筋だったよ。なんで気がつかないのさ、おじいちゃん!
僕はさっきうっかり取り出してしまった「お守りのコイン」を制服のポケットから取り出す。おじいちゃんとおばあちゃんが百歳の記念に宇宙旅行に行って、おみやげに買ってきてくれたものだ。この時代にはないものだから、明日馬おじいちゃんは不思議そうな顔をしていた。
今まで透けていたそのコインが、もとのコインに戻った。二人が晴れて両思いになったからだ。時期はちょっと変わっちゃったけど、問題ないみたい。
ああやって発破をかければ、すぐに熱くなるおじいちゃんはおばあちゃんに告白しに行く、と思ったんだ。僕の読みは大当たり。結果は大成功。
ようやく僕は、安心して未来に帰ることができる。
さようなら、おじいちゃん、おばあちゃん。これからも仲良くね。……って、わかりきっていることだよね。おじいちゃんとおばあちゃん、今でもとっても仲良しだもの。
照れ臭そうに、ベンチの前でいつまでも見つめ合う、おじいちゃんとおばあちゃんに別れを告げて、僕はタイムマシンを起動した。
ゲームをしよう ふさふさしっぽ @69903
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